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COLUMN

TOPATO通信借地権を巡る実務の対応と建前の悲劇 5240号

ATO通信

5240号

2012年5月31日

阿藤 芳明

借地権を巡る実務の対応と建前の悲劇

 何事においてもそうですが、税務の取り扱いにおいても、建前と本音と言うか、理屈と実務の取り扱いが異なることはあるのです。
 税務署に聞いた、税理士にも聞いた。聞く相手が悪かったのか、聞き方が悪かったのか、その結果2,400万円も余計(?)な税金を払ったお客様の悲しい悲しい物語です。…


1.借地権がタダで戻ってくる!

 借地権がタダで戻ってくる、よくある話なのです。私自身、今まで同じ質問を何度受けてきたことか。地主さんにとっては、これ以上ない嬉しい話なのですが、皆さんそれ程簡単にと言うか、単純に喜べない状況にあるようです。と言うのは、時価で計算したら年百万円、何千万円、時には何億円もの財産価値のある借地権です。
 タダで返ってくるのは嬉しいけど、どんな種類の税金が掛かってくるのだ、そしてそれ以前に、一体いくらの税金が取られるのだ、とそれがご心配なのです。


2.以前も同じテーマで書いた反響か?

 実は、このご質問を相当数頂くため、以前も同じテーマをこの稿で書いたことがあったのです。HPでご確認頂くと、H19.11.30付5186号でご紹介をさせて頂いています。そこでは、借地人が個人である第三者、つまり他人の場合、明らかな贈与の意思がある場合を除いて、借地権がタダで戻ってきても、課税関係は生じないと言うもの。
 で、それを執筆して数年を経た先般、初めてのお客様からのお問い合わせがあり、ご相談にいらしたのです。


3.難しい贈与の認定

 そのお客様、ご相談にお出でになるや否や、開口一番こうおっしゃるのです。『阿藤さん、借地権がタダで返ってきても、税金が掛からないって本当ですか?私は税務署にも、税理士にも聞いて、2,400万円もの贈与税を払ったのです。最後はその税理士に納めないと後で大変なことになる、と脅されるようにして、借金までして納税したのです。』ああ、これを悲劇と言わずに何と言うのでしょうか。何が悲劇なのでしょう、どうしてこのような事態になってしまったのでしょう。
 先ずは贈与税の考え方から紐解いて検証してみましょう。贈与とは、本来は民法上の考え方です。つまり、一方が他方に上げましょうの意思を表明し、他方も貰いましょうとなって、初めて成立する契約です。ただ、税務の世界では、税法上一定のケースについては、贈与とみなして贈与税を課税することはままあるのです。
 また、実務では贈与の事実の把握には難しいところがあります。外見上は贈与があったと見られる場合でも、実質的には贈与でないケースや、それとは逆の場合もあるでしょう。


4.結局は贈与の意思の確認、判断

 つまり、最終的な判断基準は、そこに贈与の意思があったのか、無かったのか、の一点に尽きるのです。さて、借地権の問題に戻ります。財産的な価値のある借地権です。表面的にはこれがタダで地主に戻れば、地主側に経済的な利益があったのは疑いのない事実でしょう。それでは、経済的な利益があれば、いかなる場合でも課税があるのでしょうか。法人税ならその答えは簡単です。利益があれば、どのような状況でも、特例がない限り間違いなく課税の対象です。が、問題は個人です。個人は法人と異なり、純粋に損得勘定だけで割り切れない部分があるのです。血も涙もあるのが個人、経済的な割り切りで判断するのが法人です。ただ、教科書的に回答するなら、地主に利益はあり、理論的な贈与税の課税対象にはなり得るでしょう。税務署に課税の対象かと問えば、課税の対象だと一般論としては答えるでしょう。


5.脅かした税理士を訴えられるか?

 前述のお客様、納税後も何となく腑に落ちず、当事務所を含め色々な所で同じ質問をしたのだそうです。その結果、課税無しとの判断も幾つかあり、それを基に脅かした税理士を訴えると言うのです。その課税無しとの理論的な根拠を、書面にして作成して欲しいと言うのが私共へのご依頼事項だったのです。
 結論から言えば、その税理士を訴えるのは困難でしょう。理屈としては、地主に経済的な利益があったのは事実ですし、理論的には贈与税の課税対象だと言っても、あながち間違いではないからです。ただ、実務はどうでしょう。大半の借地契約は権利金の授受などなく、それ以前に契約書そのものも存在しない状況です。借地人本人や相続人がもう不要になったからお返しする、その程度なのです。従って、双方に贈与の意思など無いことがほとんどです。こんな事に、いちいち実務は贈与の事実があった、贈与税を課税する、などと野暮なことは言いません。が、教科書にはそのことがなかなか触れられてはいないため、前述の税理士も間違えたのでしょう。運が悪かったと言うべきか、それにしても、2,400万円は高過ぎる授業料でした。

※執筆時点の法令に基づいております