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今月の言葉

2020年11月1日

ク ラ ブ (続)

むかし、この稿の筆者が体験した、クラブにまつわるお話を二つ。
 
 「おい、ホーンブロワーって知っているか」と支店長が尋ねた。ホーンブロワー・シリーズは、ナポレオン戦争の頃の英国海軍軍人のお話。「のらくろ」の様に物語の中で出世して、やがては戦列艦の艦長になって大活躍する。で、支店長ご贔屓のクラブのママさんが、その本を読んでめっぽう面白いということで、支店長にその話をしたらしい。物知りの支店長にしては珍しく、その本のことを知らなかったものだから、口惜しがって、支店内では読書家で通っているこの稿の筆者にお尋ねがあったという次第。ちょうど大学の終わりから就職したての頃、筆者もそのシリーズにはまっていたので「はい、はい」とばかりにホーンブロワーの蘊蓄を支店長に伝授したところ、「話のつまみに」と、そのご贔屓の高級クラブに連れて行っていただいたのが、この稿の筆者と高級クラブのご縁の始まりである。その後、このクラブには、ホーンブロワーの御利益か、一人で行っても一切ロハ(無料であることの業界用語)で呑ませていただいた。先輩達からは、嫉妬もあって「君は無料と思っているかもしれないが、君が呑みに行った分はしっかり支店長の勘定についているのだから、注意しろよ」なんて言われたりした。このクラブは某巨大自動車会社と某大手商社の鉄鋼部門が、商談の後で二次会に使うだけで成り立っている店で、支店長はもとより、私の飲み代など勘定の内にも入っていないことを知ったのは、ママさんに随分かわいがっていただき、こちらもお礼に年末の大掃除を手伝ったり、税務申告前の帳付けのお手伝いなんかをするようになった後のことである。年齢が極端に若かったこともあり、ママさんやホステスさんと色恋沙汰があったわけでもないが、クラブ接待のメカニズムを知るという上では、若い内によい勉強をさせていただいた。

 やがて筆者は東京本社の宣伝部門に転勤。銀座のクラブで、放送局や広告代理店に接待される立場になった。その頃の話をもう一つ。某県にはローカル放送局が四局あった。筆者の会社は、この県で宣伝しようとするとき、各局からテレビスポット枠を買う。筆者はその買付窓口という役割だった。だいたい、四局で入札してそのうち二局を買うということにしていたのだが、一年にのべれば四局平等くらいのお付き合いであった。あるとき、新設局の営業担当者T君が退職し、広告宣伝業界を去ることになった。そこで、筆者の呼びかけで、この県の担当広告代理店さん、そしてライバル各局の営業担当が、銀座のビヤホールで彼の送別会を開催し、ポケットマネーで記念品まで買ってT君の前途を励ました。一次会は割り勘で和やかにお開きとなり、その帰り道の話である。

 ビヤホールの面した銀座通りを渡ると華やかなネオン街。誰かが「もう一軒行きましょうか」と言ったのかどうか、私たちは並んで歩いていた。すると、T君が突然立ち止まったまま動かなくなった。そこには、今でも存在するPという超々高級クラブが入っているビルがあった。T君は泣きそうな顔をして、「一生の思い出にPに行きたい」と言う。これには皆が青ざめた。Pにこの人数で入ったら、当時の金で10万円ではすむまい。そんな交際費は誰も持っていないし、第一、その場の誰もT君をクラブ接待する義理はない。そのときPに入った記憶はないから、きっと広告代理店さんが、Pの前から動かないT君を説得して、なんとか引き離したのではないか。T君は、業界を去ったはずだったのだが、しばらくして、東北地方某局の営業担当として業界に帰ってきた。筆者の担当ではなかったのでその後のことは知らない。が、無事に出世してPに出入りできる立場になったのだろうか。