お役立ち情報

COLUMN

TOP今月の言葉廓 噺 2022年02月

今月の言葉

2022年2月1日

廓 噺

 はじめに堅い話を数行。売春という行為について近代以降社会の道徳的指弾が厳しくなった。男が女の性を金銭で購うのは、女性の個人としての尊厳を冒す行為であるというのがその趣旨である。が、一方で売春は世界最古の職業であるとも言われている。売春は時代、地域に限らず歴史上存在し続けてきた行為であり、人類の文化でもある。平たく言えば売る者と買う者の利害が一致するから、長い人類の歴史の中で消滅しなかったのだとも言える。しかし、江戸期の吉原遊郭は、そうした男女の自由な取引の場として存在したとは必ずしも言えない。華やかな吉原文化の陰に、人身売買、年季労働による花魁の拘束等の暗い事実があったことも見逃せない。今月紹介するのは、廓噺、すなわち吉原遊郭を題材にした落語の数々であるが、噺の中にも、遊郭の社会制度的な構造が深く影を落としている。以下はいずれも故三代目古今亭志ん朝の高座から。

 【明烏】は、廓噺の中では知名度が最も高く、比較的明るい噺である。書物ばかり読んでいる堅物の息子時次郎を心配した大旦那が、町内の札付きに、息子を吉原に連れて行き遊びを教えることを依頼する。依頼を受けた二人の悪が、如何に若旦那を蕩かしていくかというお話。すったもんだのドタバタがあった翌朝の若旦那の豹変が聞き所である。【五人廻し】は、関東の遊郭特有の慣習であった「廻し」、すなわち一夜で複数の客を花魁が巡回して相手をする(一晩中待たされても花魁がやってこないこともままある)ことを扱った滑稽噺である。ちっともやってこない花魁にいらだつ客の種々相が面白く描かれている。が、白眉は五人目のお大尽客の所で牛太郎に発見された花魁が、四人の客の揚げ代を立て替えてくれるというお大尽に、五人分の金をねだり、当のお大尽もお引き取りいただくという落ちであろう。【お見立て】も花魁にとっての嫌な客の噺。花魁の嘘にほだされて年季が明けたら一緒になると思い込んでいる嫌な客を追い返そうと、牛太郎に「花魁は死んだ」と嘘をつかせたところ、客が墓参りに行くと言い出して大困りするというお話。題のお見立ては、遊郭の籬で客が花魁を見立てる行為を言うが、ここでは客に花魁の墓はどれかと問われて困り果てた牛太郎が、お寺の墓石群を指して、客に「どれでも好きなのをお見立てください」と答える落ちと掛けている。【三枚起請】は、年季が明けたら一緒になるという起請文を三人の客に与えた花魁を、そのことを知った三人がとっちめるという噺。「嘘の起請を書くと熊野で烏が三羽死ぬっていうぜ 罪なことしやがって」、「そうかいだったらもっと起請を書いてカラスを皆殺しにしてやりたいねえ」、「そんなことをしてどうする」、「ゆっくり朝寝がしてみたい」という落ちが、哀感を誘う。【幾代餅】は、年季が明けたら一緒になるという花魁の約束が見事にほんとうになる噺。米屋の奉公人清蔵が、絵草紙で一目惚れした花魁幾代太夫に会おうと、一年働いて十三両と二分の金を貯め、旦那の応援もあって十五両の金を握りしめて吉原に向かう。野田の醤油問屋の若旦那と偽って思いを遂げた清蔵だったが、幾代の後朝の問いに思わずほんとうのことを白状してしまう。清蔵の誠意にほだされた幾代が、ぶじ年季も開けて清蔵の妻になり、両国で餅屋を始め繁盛するという噺。客に誠意があれば、花魁もそれに応える気持ちを持っているという、庶民の願望を噺に仕立てた。【錦の袈裟】は、廓噺の中でも一番馬鹿馬鹿しくて、この稿の筆者が好きな噺。町内の申し合わせで錦の褌を揃えて吉原に繰り出したものの、褌が揃えられなくて坊さんから錦の袈裟を借りて締めてきた与太郎が、袈裟の輪故に殿様と間違えられて、一人だけ大いにもてるというお話。