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  2013年4月
   

風土記

     

 
 
 時は、奈良時代の初め。西暦707年から715年まで(年号で言うと慶雲とか和銅あたり)在位された元明天皇という女性の天皇がおられた。その元明天皇が常陸の国司に詔(みことのり)して言われるには、「古老(ふるきおきな)の相伝える旧聞(ふること)を申す事」を集めて上申しなさい。つまり土地の古老に昔の出来事などを話させて、それを編集せよと言う命令を出された。命令が出たのは、常陸の国だけではなく、おそらく全国の国司達に命令が下されたと推察される。その命令に答えて各地方で編纂されたのが風土記である。風土記の多くが歴史の中で散逸してしまったが、現在出雲、常陸など五カ国の風土記がほぼ完本で残っている。たとえば、この中から、出雲国意宇郡の条を覗いてみると、構成は「郷里、駅家、神戸、寺院、神社、地名、通道」などとなっていて、当時の人々の「つながり」が宗教と交通によっていたことが分かる。また地名については、山野、河川、池、浜、島の名前の由来などが扱われている。
器量
 

 風土記には、その土地に伝承される神話、民話なども収録されている。まだ文字の普及が民間に深く及ばなかった当時、古老の口碑こそが神の話を世に伝える手段であったのだろう。古事記(元明天皇の最晩年にあたる西暦712年に献上された)や日本書紀(西暦720年成立とされる)も、おそらく当時の朝廷に都合良くモディファイはされただろうが、編集時に創作されたと言うよりも、こうした古老の口碑を集めて、取捨選択したものなのであろう。風土記に集められた旧聞(ふること)を原典(ソース)として、古事記や日本書紀が成立したのかも知れない。


 歴史が遷ると、社会が何によって成り立ち、つながっているのかもかわってくる。中世、近世と日本の歴史が進むにつれて、神仏だけではなく「俗」の部分、商売、農事、旅などが地誌に登場するようになる。江戸時代まで、こうした地誌を「風土記」と名付ける習慣は続いた。たとえば文政13年(1829年)頃成立した「新編武蔵風土記稿」は、当時の幕府の内命にもとづいて、自然、歴史、農地、産品、神社、寺院、名所、旧跡、人物、旧家、習俗など、およそ土地・地域についての諸々の事柄を網羅している。

 近代になると、帝国陸軍参謀本部は、「兵要地誌」というものを編集した。

 兵要地誌は、軍隊が出かけていく先の土地のガイドブックで、鉄道や道路の情報はもちろん、天候気象、人情風俗から、病気、食べものに至るまでの情報を揃えた。これも風土記の一種である。

 さて今日、多くの読者が、小学生時代、バスに乗ってどこかの工場とか、浄水場とかの施設に「社会科見学」に行かれた経験をお持ちだろう。「聞くと見るとは大違い」と言って、まずは子供達に書物の中で社会を教えるのではなく、実物を見せるというのが、社会科見学の狙いである。

 だが、狙いはそれだけではない。工場に行ったら、製品の原料はどこから来るのか、工員さんはどこに住んでいるのか、毎日何時間働くのか、ものを作るのにどんな機械を使っているのか、電気をどれだけ使うのか等々、ひとつの施設が動いて行くための「つながり」が社会であることを学ぶのである。地理とか地誌というのは、その土地その土地に暮らす人々や産物、営みがどのように「つながって」成り立っているのかを示すものである。

 「社会科見学」の小学生達が見ているものも、現代日本の風土記のエレメントなのである。

 
     
 

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