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  2017年8月
   

ヤスクニ

     

 
 
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 八月なので、靖国神社の話である。だが、予め申し上げておくと、戦犯合祀だとか、公式参拝だとか、神道は宗教かといった、政治的な争いのある生々しい話題ではない。

 靖国神社の起源は、文久二年十二月津和野藩士福羽美静らが、京都東山の霊山(りょうぜん)にまつり、翌年八坂神社境内に、ペリー来航以来の尊皇攘夷活動に倒れた志士たちを祀る祠を建てたことによる。

 福羽美静という人は、津和野藩の下級藩士で国学を学び、京に上って「国事に奔走した」人のようである。祠の建立は、安政の大獄、桜田門外の変の僅か二、三年後。この人の志士歴のむしろ始まりの時期にあたる。この時期、幕府はまだ健在で、桜田門外の変後情勢はやや勤王方優勢に変化してはいたものの、志士殉難者の祠を建立することは、かなり周囲をはばかるようなことであったに違いない。

 福羽の試みは、「招魂」という新しい概念を神道に導入する端緒ともなった。「天皇への武士的忠誠」を貫いて犠牲となったものへの慰霊と鎮魂こそが、「招魂」の本質である。さらに言えば、死者を神として祀ることを通じて、死者の霊力によって現在進んでいる反幕運動が有利に運ぶように祈る気持ちもあったのではないか。

 福羽らの試みを契機として、明治維新直後早くも新政府は、ペリー来航(一八五三年)以来の国事で殉難した者の霊を京都東山にまつり、その後江戸城内において戊辰戦争で戦死した官軍将兵を慰霊する祭りを行った。そして明治二年函館戦役が終わるとすぐに、東京九段の地に「東京招魂社」(後の靖国神社)が建立され、第一回合祀祭が執り行なわれた。

 以上のように、客観的に見れば、この頃まで靖国神社は、明治維新の一方の側の死者を祀る施設であった。その一方の側が勝利し、近代国民国家を建設する担い手となったために、その後、徴兵制を敷いた大日本帝国が行った戦争の(自国側の)死者を慰霊する機能を持つようになったのである。おそらく、靖国神社側の言い分としては、明治維新と明治維新後の戦争は一連なりの事象であり、祀られている「神」はいずれも「国家のために命を捧げた者」であるということなのだろう。

 戦後の日本国が、戦前の大日本帝国との間に一定程度の「国家としての継続性」があることは、今日左右の勢力ともあまり異議はないはずである。現憲法は(原案をアメリカが作ったにせよ)帝国憲法を改正して成立しているのであるし、国家として継続していればこそ「前の戦争の責任」の在処が問われたりもするのであろう。

 だが、今の日本が、はたして明治維新の一方のイデオロギーを継承しているのか、と言えば、それはかなり違和感がある。端的に言えば、尊皇攘夷が正しくて、佐幕開国が間違っているという価値観が現代に通用するかと言えば、もうそれははるか歴史の彼方の話なのではないか。ちなみに、この稿の筆者は旧幕臣の子孫である。筆者の思いとすれば、靖国神社は自分の属さない「もう一方の側」に偏した施設に見えてしまう。百五十年余の昔、血を流し合った双方ともが、近代国家の礎であったと考えたいのだが。

 
     
 

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