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今月の言葉

2018年1月1日

ひれ酒

 その昔、三倍増醸清酒というものがあった。いわゆるアルコール添加清酒のことで、日本酒本来の醸造によって生まれたアルコールの二倍程度に当たる醸造用アルコール(焼酎などが主成分と言われる)を加えて、アルコール度を高め、「酔いやすく」した清酒である。

 第二次世界大戦後、多数の兵隊さんが外地から復員し、あるいは旧植民地などからも多くの日本人が引き揚げてきたため、日本国内の人口は急増した。一方で、食糧としての米の需要に対して戦争で食糧生産は減少し、米の需給は逼迫、本来であれば日本酒など醸造している場合ではなかったのである。が、庶民は敗戦の憂さと明日への不安を酒で紛らわそうとして「すぐに酔える酒」を求めた。

 そこで、米で醸造した日本酒と同じ程度の醸造用アルコールを水で希釈して注入し、エキスの足りない分はブドウ糖、水飴などで味を調えたものが三倍増醸清酒である。

 その名残で、1970年代までの酒税法による特級、一級、二級の日本酒の別では、より高級な酒にアルコールの添加を認めており、今日の純米醸造、大吟醸などの日本酒は、いわば規格外の酒としてわざわざこの格付けを拒んで、二級酒として売られることが多かった。

 そういうわけで、三倍増醸清酒というものは、戦後の食糧不足を反映した、いわばゆがんだ酒税法によってつくられたまがい物の日本酒であったのだが、そのまがい物を、ホンモノの清酒に変えてくれる魔法があった。それこそが「ひれ酒」である。

 ふぐや鯛の鰭を炙って軽く焼き目をつけ、それを蓋のついた湯飲みなどに入れて上から酒を注ぐと、程なくひれ酒が出来る。飲む前に、湯飲みの蓋の下にたまったアルコールを含む気体に火を点じて一瞬炎が立つのを見てから、ゆっくりと熱々の燗酒をすすると、鰭の生臭さが消えて、しっかりとしたふぐの味が酒にうつり、しみじみとおいしいひれ酒をいただくことができる。こうして飲むとまがい物の日本酒も、天の恵みに思えたのだそうだ。

 鰭の炙り方については、焦げ目がつくまでしっかり焼くと書いてあるサイトもあるが、焦げ味が風味を損なうので、この稿の筆者の好みを言えば、軽く焼き目がつく程度に炙ったものがよいように思う。

 今日のひれ酒は、もちろん三倍増醸清酒ではないが、戦後ひれ酒にすることによってまがい物の三倍増醸清酒であっても美味しく飲めたことからも分かるように、ひれ酒用の日本酒は、あまり吟醸、大吟醸を問わない。と、いうよりも冷酒向きのあまり微妙な日本酒をひれ酒にしてしまうと、その酒の良さが分からなくなってしまう面もあると思う。

「とらふく」の本場山口県下関市の下関酒造では電子レンジであたためるか、湯燗をして飲むひれ酒そのものを販売している。一方で同社は、鰭と酒を別売りもしている。その別売りの日本酒の銘柄は「関娘」と言って、熱燗に適した日本酒のようだ。いずれにしても、ひれ酒はかなり温度の高い熱燗で飲むものなので、酒屋さんで「熱燗にするとうまい酒」と言って買ってくるのがよいだろう。鰭そのものは上記下関酒造のサイトや、熊本県の天草海産のサイトなどから購入することが出来る。

天草海産:https://www.amakusa-kaisan.co.jp/ec/user_data/fugu_enjoy_sake-entry02.php
下関酒造:http://www.sekimusume.co.jp/shopbrand/hiresake