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  2019年4月
   

昭和の原風景 その1

     

 
   今上天皇の退位が決まり、元号としての平成は31年4月までとなることになった。

 その前の昭和が64年であるから、あわせると略百年となる。百年前のこととなると、たとえば我が家の息子達にとっては気が遠くなる程昔に感じられるらしい。だが、その頃の風景を顧みることで、私達の「今」が見えてくることも多いと思う。そこで、これから数回にわたって、様々なトピックスから昭和の原風景というものを取り上げてみたい。

 今月は、相浦忠雄というまったく無名の戦死した若者のことを書きたい。この人は、戦後総理大臣となった宮沢喜一と旧制高校の同期で、宮沢が大蔵省に入った時に、商工省に入って役人となった。が、その後すぐに海軍の主計科短期現役士官となり、客船八幡丸を改造した空母雲鷹に主計長として搭乗している時に、米潜水艦に乗艦が撃沈され戦死した。宮沢が総理に就任した時に「相浦が生きていたら自分より先に総理になっていたかも知れない」と言ったそうだから、相当優秀な人だったのだろう。さて、その相浦のトピックスである。

 トピックスのひとつは、昭和16年12月8日開戦が決まった日に、後輩を東大安田講堂の屋上に連れ出して、「この東京の町が火の海になる」と断言したこと。しかし、そう思いながらも、海軍の軍人となり、空母雲鷹が最後の航海に出る時も「この艦は必ず撃沈される」と言い、事実米潜水艦の魚雷を受けて乗艦が傾くと艦橋で主計長の職責を最後まで果たした後で、救命胴衣を持たない便乗者に、自分の救命胴衣を譲って艦と運命を共に
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したのだという。 相浦はけっして勇敢な軍人タイプではなかった。彼が残した遺稿集を読むと、戦争という抗い難い運命に直面して様々なことに懊悩し、その悩みを綴っていることがわかる。その悩みは、たとえばほぼ同時期に主計科短期現役士官から乗艦の主計長になって戦死した小泉信吉(小泉信三著「海軍主計大尉小泉信吉」参照)に比べても、かなり屈折しているし、深いものがある。にもかかわらず、彼が人生の最期の場面で、何のとらわれもなく、救命胴衣を便乗者に譲ろうとした心事を、今、思うのである。 

飛躍するようだが、この稿の筆者は、それを昭和初期の都市近郊給与生活者のモラルというものではないかと考えている。渋谷、新宿、池袋といった山手線の駅をターミナルとして東京近郊に広がる私鉄沿線の住宅地に住み、都心の会社や役所に通う、当時としては恵まれた人々。だが、華族でもなく資本家でもない、大正の終わり頃から漸く形成され始めた中産階級。昭和初期のその人々の多くには、たとえば吉野源三郎「君たちはどう生きるか」の主人公コペル君に見られるような、深い教養と知性に裏打ちされた教育を子女に与える文化があり、その教育が培ったリベラルなインテリジェンスが、相浦忠雄のモラルの源泉になったのではないか、と、思うのである。武士道でも、Noble's obligeでもない、都市中産階級の知性に基づくモラル。だが、それは戦後、その中産階級が大衆化する中で、次第に失われていく。昨今の役所や企業の、組織ぐるみでコンプライアンスに違反する行為を見るに付けても、「相浦忠雄のモラル」への思いは深い。
 
     
 

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