相続においてアパートや賃貸マンションの敷地を評価する場合、更地としての評価額から相当額は控除されます。その建物には借家人が居て、オーナーの使用や権利が制限されるからです。しかし、評価をする時点で一時的にでも空室がある場合、借家人はいないため、相当額の減額はされないのでしょうか。空室に悩むオーナーにとって大きな影響のある評価について、実は当局と争うと結構厳しい判断が下されているのです。
1.原則的な評価方法
アパートや賃貸マンションの敷地を、相続税法では、”貸家建付地”と言います。敷地の上に建物を建て、一室なり建物全体を借家人に貸しているものを言うのです。借家人には法律上”借家権”があるため、相続時には土地についても建物についても、それを考慮して減額する措置が取られています。相続税法ではこの借家権を全国一律に30%と決めていて、敷地は次の算式で求めます。
更地としての評価額×(1-借地権割合×30%)
ご存じのとおり、借地権割合は場所によって決められています。従って、例えば借地権割合が60%の場所であれば、更地評価で1億円とすると、(1-0.6×0.3)が0.82となるので、8,200万円がその評価額です。同様に借地権割合が70%なら7,900万円、80%なら7,600万円となる訳で、更地か貸家建付地になるかでは大きな差が生じます。なお、式中の30%は借家権相当を意味しています。
また、建物については固定資産税評価額を相続税においても利用するのですが、賃貸している場合には同様に30%引きの評価を行います。
2.一部が空室の場合の考え方
従って、貸家全体の一部しか賃貸していなければ、上記の算式による評価は敷地の一部だけ。建物も同様です。例えば同じ間取り・面積のアパートが10室あり、相続時には3室が空室だった場合で考えてみましょう。原則的な考え方は貸家建付地が全体の7/10、3/10は更地評価となるでしょう。しかし、相続時点でたまたま3室が空室でも、極端な例で相続前日に空室になったとしたらどうでしょう。相続開始時には現実問題として確かに3室は空室です。3室分について、貸家建付地にはならず、建物も3室分は30%引きにはならないのでしょうか。税務当局も流石にそこまで意地悪ではありません。継続的に賃貸されていて、相続時点で一時的に空室であっても、貸していたものとして扱ってよいことになっています。
3.一時的とはどの程度か?
ここで問題は”一時的”とはどの程度を言うのか、と言うことです。前日であれば、勿論認められるでしょう。実はこれについて、それまでの裁判等の経緯を踏まえ、国税庁はタックスアンサーで、次のように示しています。タックスアンサーとは、国税庁が納税者のためにホームページ上で税の色々な相談事をQ&Aの形で解説したものです。それによると、(1)各独立部分が課税時期(相続時)前に継続的に賃貸されてきたものであること (2)賃借人の退去後速やかに新たな賃借人の募集が行なわれ、空室の期間中、他の用途に供されていないこと (3)賃貸されていない時期が、課税時期の前後の例えば1ケ月程度であるなど一時的な期間であること (4)課税時期後の賃貸が一時的なものではないこと 等々です。
4.1ケ月以上は認められないのか?
ここで上記の”一時的”の意味が、期間的には”1ケ月程度”と具体的に書かれると、2~3ケ月では認められないと考えるのが、税務に携わる人間の一般的な考え方でしょう。では、現実にこのことについて当局と争った事案で検討してみましょう。裁判ではなく、その前段階で税務当局と判断の是非を問う、国税不服審判所における裁決(裁判における判決のようなもの)では、平成27年11月11日に下された判断で、空室期間が3ケ月と1年10ケ月の2室について、一時的とは認められなかった事例があります。また、平成28年12月7日裁決では5ケ月で否認。一方判決では、平成28年10月26日の大阪地裁で、やはり5ケ月でも一時的ではないと判断されているのです。
5.現場での対応策
それでは、実務では必ず1ケ月で判断すべきなのでしょうか。答えはNoです。物件が古くなればなるほど空室を埋めるには時間がかかります。空室1ケ月超は総て更地で評価したら被害甚大。物件の築年数やその状況にもよりますが、最長で1年位は認められるでしょう。申告書の作成の仕方にもよるでしょうが、少なくともATOでは上記の裁判や国税不服審判所での判断のように、3ケ月や5ケ月で否認された経験はありません。国税庁はHPでも1ケ月程度と公表しています。つまり、公に喧嘩をすればこれを盾に議論をしてくるでしょう。ここは税務署にもご理解を頂けるような説明をし、決して喧嘩をしないのがコツ。手っ取り早いのは、(1)建物を所有型法人に売却して個人は地代収入だけにする (2)サブリースにして個人は空室状態を回避する、のいずれかでしょうか。