相続と言えば、通常は残された配偶者と子、或いは兄弟である子供同士の相続が大半でしょう。血がつながっているからこそ、場合によっては骨肉の争いにもなるのです。血のつながりのない相続で典型的なのは、後妻と先妻の子の相続が先ずは頭に浮かぶのではないでしょうか。これは小説のテーマになるくらいですが、次のようなちょっと変わった相続の風景をご一緒に眺めて頂きたい。
1.資産家X氏の相続に続く子の相続
資産家であるX氏が亡くなりました。相続人は配偶者と子が2人、姉と妹です。ほぼ法定相続分での分割協議も終わり、とりあえずは円満な相続だったのです。X氏の相続から間もなく、今度は残された遺族の中で最も若い、下の子が亡くなってしまいました。姉妹の妹に当たる方で、便宜上A子としておきましょう。このA子、資産家の娘だけあって相応の財産を相続したのですが、子供がいませんでした。つまり、A子の相続人は夫とA子の母親なのです。
2.A子の法定相続分は
民法には相続人の法定相続分と言う規定があります。法律上の相続する権利の割合です。何もこの権利の割合に応じて財産を分割しなければならない訳ではありません。極端な話、複数相続人が居る場合でも、全員の同意があれば、一人で独占することだってできるのです。つまり、相続人の間で話し合いさえ付けば、どんな割合で分けても構わないのです。ですからこの法定相続分とは、相続人同士の話し合いでは結論が出ない場合の、法律上の目安と考えればよいでしょう。裁判沙汰にでもなれば、裁判所も一応はこの割合で考えることになります。A子の場合には、子が居ないので夫が2/3、母親が1/3と言う割合が法定相続分です。
3.そもそもA子の相続財産とは
ここで、そもそも論としてのA子の残した相続財産とはどういうものか、もう一度考えてみましょう。専業主婦だったため、自ら築いた財産と言うものはありません。父親のX氏から相続した財産が総てです。実の父親から受け継いだ財産なのですから、それはそれで父親のX氏にしても、A子の生活に役立つのであれば嬉しい事でしょう。その大きな財産が、今度はX氏とは血のつながりの全くない他人(法律上は姻族と言う)、A子の夫に移るのです。しかも民法上の権利として2/3と言う大きな割合で、です。A子の夫にとってはまさに棚からボタ餅、青天の霹靂だった事でしょう。筆者の例で考えれば、私の女房の実家の財産を私が2/3も相続することなのです。私自身はそんな財産なんて、これっポッチも欲しいとは思いません。それを女房に話したところ、相続する財産の額が1ケタも2ケタも違っても考えは同じか、と聞かれ即答はできませんでした。億円単位、ン十億円単位で財産が転がり込んで来れば、私を含め人間性まで変わる可能性は十分あるのでしょう。
4.母親の意思能力と手続き
それはさておき、A子の夫はしっかりと法定相続分を主張してきました。問題はA子の母親です。高齢で情況も十分に把握できないため、当初はA子の姉B子が窓口になり対応をしてきたのです。
しかし、さすがに今後のことを考えると、B子もA子の夫と対峙するのはためらいもあったのでしょう。成年後見制度に基く成年後見人を選任し、総てを代理人である弁護士に託したのです。一方でA子の夫も少しでも有利な条件を引き出そうと思ったのでしょう。自らが直接相手方の弁護士と交渉をするのを避け、弁護士を立ててきました。双方代理人を介しての分割協議となったのです。
この稿でも何度か申し上げてきましたが、成年後見制度は実務的にはお勧めできるものではありません。本人を保護するための制度ではあるのですが、これを選択してしまうと何をするのも制約を受けてしまうためです。家庭裁判所への報告を含め、実際の事務作業が煩雑過ぎるのです。
5.代理人の限界
それはともかくとして、何とか無事に分割協議は整いました。ここで総ては双方とも代理人を通しての手続きとなったのですが、代理行為について少し触れておきましょう。
遺言書がない限り、財産の分割については分割協議をし、分割協議書に署名と押印が必要です。これは代理人が行なうことも可能です。税務上もこれについては問題はないのですが、一つ面倒なことが。ご自宅や、事業所、賃貸している土地等に認められる”小規模宅地の評価減の特例”と言われるものや”配偶者の税額軽減”についての適用です。適用の条件として分割協議書の写しを添付するのですが、条文上は『自署し自己の印を押してあるもの』が必要なのです。代理人でも良い事にはなっていません。更に、代理人の署名・押印では、不動産についての登記が通らないのです。勿論、代理人と言っても、A子の夫のように任意に代理を立てた場合でなく、成年後見制度に基く法的な立場のある代理人はOKです。いずれにしても、いつまでも自署と押印くらいはできるようにしておきたいものです。