本年度の税制改正で、つくづく我が国の所得税もグローバル化したと思わせるものがありました。それは、海外の不動産を利用した節税封じの改正項目です。国税当局が問題視するほど海外の不動産に目を向ける富裕層が多いのか、と庶民派の税理士には驚くばかりの改正内容です。
1.改正内容の概要
話題性の少ない本年度の税制改正項目の中で、ひときわ異彩を放っているのが、”国外中古不動産に係る損益通算の特例”です。その内容をひと言で言うと、減価償却を通じて不動産所得を赤字にしても、その損失を無制限には認めないと言うものです。通常は不動産所得が赤字になると、例えば給与所得と合算すれば、所得合計が給与の金額を引き下げる結果となります。そうすると、給与の支払い時に源泉徴収された税金が、確定申告により還付されると言う仕組みです。これにメスが入ったのが今回の改正項目なのです。
2.損益通算とは(仕組みの解説1)
その仕組みの解説に入る前には、いくつかの基礎知識の確認が必要です。先ずは損益通算の考え方から。例えば家賃収入が240万円で諸経費が300万円のケースで考えてみましょう。不動産所得としては赤字が60万円です。不動産所得の他に給与所得が800万円あれば、所得の合計額は800万円+(△60万円)=740万円となります。この金額で確定申告すると、当然の事ながら赤字分が功を奏して税金が還付されることになる訳です。この給与所得の黒字と不動産所得の赤字を通算することを税務の世界では”損益通算”と呼んでいます。ただ、どんな所得でも損益通算が行えるわけではなく、(1)不動産所得(2)事業所得(3)総合課税の譲渡所得(4)山林所得の4つの所得に限定されています。
3.不動産所得の赤字を生じさせる方法 (仕組みの解説2)
不動産所得を赤字にすると言うことは、その赤字分のお金が流失してしまうのでしょうか。答えは否で、所得の計算とお金の有無とは必ずしも一致しないからなのです。例えば1億円でアパートを建築したとしましょう。建築した年にこの1億円は経費となるのでしょうか。勿論そうはならず、長年にわたって”減価償却”と言う手続きで少しずつ経費化することになります。つまり、建築した年には確かに1億円は支払われましたが、その後は減価償却費として経費となるものの、それ以降はお金はもはや流失しません。お金が出て行かないのに経費となっているのです。
4.耐用年数の考え方(仕組みの解説3)
そこで注目したいのが減価償却を行う際の耐用年数です。実はこの耐用年数、例えばイギリスと比べると、建物について日本は極めて短期に設定されています。建物は減価償却の対象としていない国もある程なのです。ただ、海外の建物であっても、所得税を計算する際は日本の所得税の扱い、つまり短期の耐用年数が適用されるわけです。まして、中古の建物については特別な規定が設けられていて、更に短くなってしまいます。そうすると、物件によってはこの減価償却費が賃貸収入を上回る、いわば逆転現象も生じてくることに。
何故こんな事が起きるのでしょう。我が国では建物は堅牢な鉄骨鉄筋や鉄筋コンクリート造の建物でも、最長50年がその耐用年数とされています。しかし、住宅を建築してから滅失するまでの平均年数は、アメリカで66年、イギリスではなんと80年と言うから驚きです。つまり、海外の不動産である建物を取得し、日本の所得税法に当てはめて減価償却を計算すると、本来長期的な使用が可能であるにもかかわらず、耐用年数は極端に短く計算されると言う仕組みです。
5.損益通算の規制
そこで、海外の建物を取得・建築した場合、耐用年数は日本のものをそのまま適用しても、損失の取り扱いに制限を加えたのです。国外不動産から生じた所得の損失のうち、減価償却費に相当する金額はなかったものとすると言うのです。なかったものとする、とは損失は生じていないものと割り切る考え方なのです。これによって他の所得との損益通算はできないこととなり、海外不動産を利用した節税封じを行ったのです。
ただ、冒頭にも申し上げました。こんな規制をしなければならないほど、この手の節税策を行っている富裕層が多いのでしょうか。貧乏税理士には何とも合点のいかない改正ではあります。