母が生前、放蕩三昧をしてきた次男の尻拭いをし、まとまった資金を生前に何度も贈与してきたことから、母の死後、次男には相続放棄をしてもらった。他の相続人(長男と長女)が、これでやれやれ(関わらなくても済む)と思っていたところ、次男を受取人とした多額の生命保険金(以下「死亡保険金」と言います。)が出てきた。次男は、この死亡保険金を受け取ることが出来るのでしょうか。他の相続人はこれを阻止できるのでしょうか。相続税の計算上、気になる点も併せてまとめてみました。
1.相続放棄とは
相続放棄とは、被相続人の預貯金や不動産などのプラスの遺産だけでなく、借金などの債務も含めた全ての遺産を相続しないこととするものです。原則として、相続開始から3か月以内に家庭裁判所に相続放棄申述書を提出します。
相続の放棄をすると、民法上「初めから相続人でなかったものとして」みなされます。従って、相続放棄をした人には代襲相続は発生せず、遺産は残りの相続人(長男・長女)のみで分割すればよいことになります。つまり、相続放棄をした人=次男は遺産分割協議には参加できないのです。
2.死亡保険金の受取人
生命保険契約をする場合、通常、死亡保険金の受取人を指定します。受取人が指定されている場合、遺産分割の対象にはなりませんから、遺産分割協議書への記載の必要もありません。従って、次男は他の相続人の許可も必要なく受取が可能なのです!
3.相続税は?
では、この「死亡保険金」の税金はどうなるのでしょうか。被相続人が保険料を負担している場合は、相続税の対象となります。死亡保険金は、民法上の相続財産とはいえない場合もあり、相続税では、相続により取得したものとみなして課税しています。相続放棄をした人は、相続人ではないため、遺贈により取得したものとみなして課税されます。いずれにしても、次男は「遺贈」で取得した相続税分を納税する必要があります。
4.「相続」した場合との違いは・・・
具体的に、相続税を計算する場合に相続放棄をした人がいるとき、非課税規定の適用を受けられません。相続人1人当たり500万円の非課税規定は、相続人であることが条件であるからです。例えば、死亡保険金1,500万円(受取人次男=相続放棄)、相続人2人(長男・長女)の場合は、非課税枠はありません。一方、同じ死亡保険金1,500万円でも、受取人が相続人である長男や長女であれば、法定相続人が3人となるため非課税枠は1,500万円(500万円×3人)となります。(法定相続人については「5」参照)
ちなみに、退職金の1人当たり500万円の非課税規定も相続放棄した人は同様に適用が受けられません。
5.相続放棄した場合でも・・・
一方、相続放棄をした人が「遺贈」で取得しても「相続」の場合と変わらない点もいくつかあります。
まず、第一の点は、遺産に係る基礎控除を相続放棄をした人も適用できることです。
基礎控除は、≪5,000万円+1,000万円×法定相続人の数≫となります。「法定相続人」とは、民法に規定する相続人をいいます。相続の放棄をした人がいても、相続の放棄をしなかったものとした場合の相続人の数とされているからです。この事例ですと、法定相続人は、長男・長女・次男の3人ですので、8,000万円(5,000万円+1,000万円×3人)となります。
第二の点としては、配偶者に対する相続税額の軽減規定を適用できることです。
これは、配偶者が法定相続分又は1.6億円のどちらか大きい方までは相続税がかから配偶者が法定相続分又は1.6億円のどちらか大きい方までは相続税がかからない制度です。配偶者が相続を放棄した場合であっても、当該配偶者が遺贈により取得した財産があるときは、この軽減規定の適用があります。
第三の点としては、相続放棄をしても相続税の2割加算がないことです。
相続税の2割加算とは、相続や遺贈によって財産を取得した人が、その被相続人の「一親等の血族及び配偶者以外」である場合に、その人の相続税額にその相続税額の2割を加算することです。この事例の次男は、相続放棄はしていますが、「一親等の血族」ですから2割加算の対象者から除外されることになります。
6.思わぬ生命保険金
以上のように、次男が相続放棄をしてもその次男が受取人の「死亡保険金」がある場合は、次男以外は受け取れず、他の相続人も対抗は出来ません。しかも、その「死亡保険金」は相続税の課税対象となることから、全体の相続税にも影響が出てきます。多額の死亡保険金が相続財産に加わると、相続税率が上がり(累進税率の為)、相続税が増えることになります。他の相続人にとっては、相続から排除したつもりが思わぬ落とし穴になりかねないのです。
かなり昔にかけた保険契約には、この事例のような思わぬ(誰も気づかぬ)保険金がある場合も十分あり得ます。保険金受取人までチェックするなど保険内容を吟味して、一通り財産を事前に調べておくことも一つの相続対策かもしれません。