また国税局OB税理士の脱税指南疑惑です。今度は元熊本国税局長だそうで、叩き上げノンキャリア組の最高位のポストです。当局の考え方は先刻ご承知のはずなのに…税務調査では詭弁を使って対決姿勢をとっているようですが、さあ、お立ち会い。
1.事案の概要
朝日新聞(H15.12.29)によれば、未上場株式オーナー会長(故人)の相続税対策です。税法上の評価額が高額なため、その株数を一部譲渡、減少させて引下げを図るもの。具体的には従業員持株会への売却でした。持ち株104万株の内60万株を譲渡したそうです。この手法、特段目新しい訳ではなく、不正な行為でもありません。当社でもお勧めの対策です。詳細は後述しますが、要はやり方が悪かった。
まず従業員持株会、読んで字の如く従業員が自らのお金を出して会を組織し、会社株式を会で購入です。持ち分の購入のため、僅少な金額でも購入ができ、対策として使う場合の持株会の配当は通常よりも高額です。その代わり、その株式は無議決権株式と言って、株主としての通常の議決権がありません。大半の従業員にとって、興味は経営参加でなく配当です。昨今の低金利下、高額配当なら福利厚生の点からも望ましく、従業員にも喜ばれる制度なのです。
一方、オーナー一族にとっても有利な話。持株会への譲渡で株数は減り(財産が減少)、彼らに議決権は無いので支配権は維持できます。おまけに売却価格も税法上、配当還元価額という破格の安値でOKなのです。
2.買い手により異なる譲渡価格
ちょっと専門的になりますが、ここで上述の配当還元価額の説明をしておきましょう。全くの第三者間でなく、親族間や同族間で取引をする場合、税務上問題のない価格は“時価”と言うことになっています。もちろん売買により、売却損益は出るものの、時価なら贈与税や面倒な認定課税は避けられるのです。しかし、この時価がなかなかの曲者。と言うのは、誰に株式を売却するかで価格が異なってくるからです。まず、配当還元価額自体は未上場株式の時価を算定するための一つの基準で、会社が行う配当額等を基に算出されます。支配権を持たない少数株主や第三者への譲渡、贈与等を前提にしているため、金額的には高額なものにはなり得ません。支配権を持つ同族関係人等に用いられる価額と比べると、数十分の一にも数百分の一にもなってしまいます。未上場の会社において、支配権に影響を及ぼさない株主は、配当を期待する以外の価値は無いことが前提となっているのです。従業員持株会は正にこれの典型で、だからこそこの持株会への売却に際しては、配当還元価額で良いのです。反対に相続権があり、将来会社を支配するオーナーの子供に対しては、低い配当還元価額が許されるはずもありません。このように同じ株式でありながら、誰がその買い手かによって、その価額は異なるものになるのです。
3.問題は譲渡の実体
それでは今回の事案、どこに問題があったのでしょう?総てが明らかなわけではありませんが、新聞報道の限りでは、持株会自体の活動実態が無かったようです。本来は持株会の規約に従って株式を取得するはず。経理だって透明であってしかるべきです。しかし、実際には60万株分の購入資金が会社の経理で行われ、管理もされていたとか。つまり、持株会と会社本体、オーナー一族との区分が行われていない状況だったのです。更に、持株会の会員たる従業員にしても、各人への配当について、会社に預けたお金の利息であるとの認識しか持っていなかったようです。ここまで来ると、持株会自体の独立性というか、実体も疑わしくなってしまいます。当局は売買の実体が無く、仮装、隠蔽取引であると主張しているのです。
4.税務の判断は実体で!
これに対し、件の元国税局長である関与税理士は強気の姿勢。手続き的な若干のミスはあるものの、税務上何ら問題はなく、当局と争う構えを見せているそうな。さて、当局が最も重視する点は何かと言えば、常にその取引の“実体”でしょう。単なる名義や形式ではなく、底に流れている事実と言ってもいいかも知れません。それを叩き上げの元国税局長が知らないはずはありません。OB税理士の親睦会(?)に桜友会なるものがあります。そこでは元署長はいつになっても署長の顔、元局長は局長の顔をしているそうです。筆者などOBではあるものの声もかからず、もちろん参加の気持ちもありません。だって、昔は昔、今は今。これが世の中の常識というものだからです。まさかこの元局長、今でも俺は…と勘違いをなさっている訳ではないでしょうが…過去の栄光は捨て難きものなのかも知れません。