古来我が国では鱗茎を食用とする臭いの強いネギ属の植物を総称して蒜(ひる)と呼んだ。蒜には大蒜、小蒜、野蒜・・などの種類があって、ニンニクはその中の一種である、大蒜にあたるという。日本の中世、仏教では、ニンニクの強精作用が煩悩を刺激して修行に害を為すということから、ニラ、ネギ等とともに五辛の一つとして僧の食用が禁じられた。大蒜のことをニンニクと呼んだ語源は、あらゆる苦難や屈辱に耐え忍ぶという意味の「忍辱」という仏教用語から来ているとのこと。が、実際には、つらい修行の最中に、精力を補完するために密かにニンニクを口にして、栄養不足をしのいだ修行僧もいたのだとか。
ニンニクの原産地は中央アジアらしい。紀元前三千年以上昔、既にエジプトで栽培されていたことが分かっている。現存する最古の医学書「エーベルス・パピルス」には薬としても記載されている。ⅰ 我が国でも8世紀頃にはニンニクには、大陸から伝播していたとみられる。ニンニクには、効能と臭いという二つの面があるが、1709年(宝永7年)に刊行された貝原益軒編「大和本草」巻之五 草之一 菜蔬類では、「悪臭甚だしくとも効能が多いので人家に欠くべからざるもの」とされている。
ニンニクの効能について、以下「にんにくのことがなんでもわかる」と称する「にんにく大辞典」ⅱ というサイトを引用しながら述べることにする。このサイトによれば、ニンニクには血圧低下、風邪の治療、精力向上、食欲増進、疲労回復、不眠や焦燥の解消などのほかに、癌、心筋梗塞、動脈硬化、高血圧、脚気、腰痛、神経痛、糖尿病、冷え性、痔疾、水虫等々の諸病の予防や抑制の効果があるのだとか。もうこうなってしまえば、ニンニクは万病に効きますと言っているようなものである。
そのニンニクの効能の内、殺菌効果の中心を成すものは、アリシンという成分である。が、アリシンは、ニンニクそのものに含まれているわけではない。1951年にスイスのノーベル賞科学者・ストールとシーベックが、細胞内に蓄えられている無臭のアリインという成分と維管束にある酵素アリイナーゼが反応することで、はじめてにおい成分アリシンができることを発見した。要するところ、ニンニクをおろし金でおろしたり、包丁で刻んだりして、さらにそれが酸素に触れると、アリインやアリイナーゼが反応して、アリシンが出来るという訳なのだ。このアリシンは、ニンニクが傷つけられることによって外部に対して防御機能を発揮する殺菌効果の素であるのと同時に、ニンニクのあの強烈な臭みの素でもある。お茶の類や青汁に含まれるカテキンはこの臭みを消す効果がある。またアリシンは、蛋白質と結合しやすいため、牛乳、チーズ、ヨーグルトなどの乳製品も消臭効果がある。
さて、ニンニクと言えばその臭み故に、魔物を退散させる効果があるとされてきた。西洋社会では、先ず吸血鬼ドラキュラがもっとも忌むものがニンニクであり、ドラキュラ退散を願う者は、軒端にニンニクをつるして置いたとされている。さらに、西洋の子供達は、なくし物をしたとき「ニンニク、ニンニク」というまじないを唱えるのだそうだ。これは失せ物を隠していた魔女が、ニンニクの臭みで退散し失せ物を返してくれるからだとか。我が国では、「古事記」に登場する日本武尊が、信濃峠だかで悪霊に襲われて、噛んでいた蒜を投げつけて退散させたという言い伝えもある。
ニンニクは西洋では、特に肉料理の味を調えるのに用いられてきた。我が国でははじめ薬として用いられてきたが、江戸も後期に進むにつれて猪、鹿などを鍋で煮て食べる肉食習慣が普及し、ニンニクを食材に用いる様になってきた由である。
ⅰ Wikipedea にんにく
ⅱ https://www.229dic.com/