相続が起こると、遺言がない限り速やかに財産の分割協議を始めなければなりません。この協議が整うまでは総ての財産は相続人の共有です。協議が整って初めて各相続人のものになるわけですが、その法律的な効果は単純に相続時点に遡ると考えればいいのでしょうか。常識で考える程単純にはいかない税務の問題点を探ってみました。
1. 遺産分割の効果
冒頭でも述べたとおり、遺言がない限り財産を分けるには分割協議をしなければなりません。そして、この分割協議が成立すると、民法の上では遺産分割は相続開始時に遡って効力が生じることになっています。例えば平成20年4月1日に亡くなった場合を考えてみましょう。10月1日にその相続についての分割協議が整うと、各相続人はそれぞれ遡って4月1日からその財産が自分のものとなる訳です。
2. 問題はその財産から生まれる果実
問題は、ちょっと難しい言葉になるのですが、その財産から生まれる“法定果実” と言われるものです。例えば賃貸ビルを相続すると、ビル自体は相続財産です。しかし、そのビルから生じる賃料は相続財産そのものではありません。この賃料のように、元物(収益を発生させる元になる物)から生じる収益のことを一般的には法定果実と言っています。つまり、相続財産自体は相続時点に遡って相続人の物になっても、その果実である賃料までをも同様に考えていいのかどうかが問題になるのです。
3. 所得税の申告は…
上記1.のケースでビルの賃料についての所得税の申告を考えてみましょう。平成20年の申告にあたっては、1月1日から3月31日までは被相続人の所得、分割協議でAが相続すれば10月1日以降は間違いなくAの所得でしょう。この場合は確定申告の時期までに分割協議が整っているので、4月1日から9月30日までをAの所得に含めて申告することも一応は可能です。分割協議による相続の効果は相続開始日に遡るため、法定果実を相続財産と同様に考える立場に立てば、4月以降は総てAの所得となるのでしょう。
4.最高裁の判決は、法定果実は別扱い!
かつて相続開始から分割協議までの賃料が誰のものであるかについて争った事例があります。法定果実は相続財産とは別物と考えれば、この期間の賃料は全相続人の共有財産です。従って、分割協議が行われても分割協議成立前の部分は法定相続人が法定相続分で取得できることになるわけです。結論としては、最高裁の判決は法定果実を相続財産とは別物と考える立場です。一般人の常識としては同一視してもよさそうな気もします。一審、二審とも別物とは考えていないことからも、それをうかがい知ることができるからです。
5.税務の考え方は?
さて、税務の世界では一体どの様に扱っているのでしょう。上記の判決が出る前は、必ずしも態度を明確にはしていませんでした。どちらの考え方に従って申告をしても、それぞれ認められていたのが実務です。ただ、理論的には、最高裁と同じ立場だったと言っていいでしょう。
前述のケースは確定申告期限前に分割が整っていますが、もし協議が不調であれば、法定相続分で申告せざるを得ません。その場合、後日協議が整っても、所得税の世界ではやり直しを認めてはくれないのです。ことは所得税だけではありません。賃料が消費税の対象となるものであれば、消費税の考え方もこの事については全く同様なのです。
6.消費税への影響
消費税も同様とはいいながら、実は消費税にはちょっと厄介な問題があるのです。所得税と異なり、消費税には基準期間というものがあるためです。一般論で言えば、消費税の課税の対象となる2年前の年分の売上げが1,000万円以下である場合、消費税の納税義務は生じません。この2年前の年分のことを基準期間と言いますが、相続の時はこの基準期間の売上げをどう考えるかによって相違が生じてきます。再び上記1.のケースで考えてみましょう。相続人が従来は消費税とは無縁で、相続したために消費税の課税の有無が問題となる場合です。具体的には平成20年から2年経過し、基準期間となる20年をどの様に考えるのかと言うことです。理論的には分割協議と無関係に、4月~9月までの期間は法定相続分で考えます。ビル本体を相続したAの場合には、課税の対象となっても、そのビル自体に相応の収入があるのなら当然と言えば当然の課税。問題は金額的には僅かではあっても、法定相続分を考慮することで1,000万円を僅かに超えてしまう場合の相続人です。税務署がその点まで本当にチェックしているかどうかは甚だ疑問です。前述の通り、実務では必ずしも法定相続分でやっていないものを放置しているのが実状です。果たして今後、実務の取り扱いは厳格になっていくのでしょうか?