平成21年の税制改正も、相続税については大山鳴動して鼠一匹どころか結局は蟻の一匹に終わりました。平成19年の年末に税制改正大綱の中で、21年から相続税の計算方式を根本的に変更する旨が謳われていたのにです。結論としては見送りとなり、計算方法に変更はありません。本稿でも何度か取り上げたこの大改正、見送りに至る経緯とその背景を追ってみました。
1.事業承継は税制の整備が最後の課題
中小企業の事業承継が、法律や税制等の壁があり、難しい状況にあるとの議論が従来からなされてきました。この手の企業の株式は、経営権支配のため他に売却することはできません。相続するには株式の評価額が高額で、多額の相続税の課税が待っています。兄弟で仲良く共有にすれば、それこそ経営権や処分する場合の価格をめぐり将来の争いの火種を残すだけ。結局は事業の承継者一人が独占するのが常道ですが、それをすると税負担のみならず、株式だけが相続財産である場合、民法上の法定相続分や遺留分の侵害にまで問題は発展してしまいます。そこで、かねてより事業承継が円滑に進むよう、関係法令の改正が検討され、税制面での整備が残された課題になっていたのです。そこで浮上した問題が従来の相続税の計算方式。幾つかの難点が指摘され、是正のために21年から相続税の大改正が予定されていました。
2.遺産取得課税方式への変更の問題点
それは遺産取得課税方式と言われるものでした。相続で遺産を取得した相続人毎に相応の基礎控除をし、税率を乗じるという単純なものです。計算自体は簡単なものの、様々な問題点が当初より指摘されていました。ここでその詳細を論じても、あまり意味のあることではないのでそれは省きます。項目だけを挙げれば、財産の全体像の把握、財産の分割が整わない場合の税負担軽減への防止策、税務調査への対応等々解決すべき問題は山積していました。
3.決定打は都市部の農家
改正された場合、恐らく相続税の課税対象となる人数は増えるであろうことが予想されていました。つまり、結果的には増税です。
さらに、特に大きな影響を受けるのが、都市部の農家でしょう。従来からの方式は、財産全体を法定相続分に分割したと仮定して、その上で相続人毎に税率を乗じて税額を算出します。そして、その合計額を実際の相続割合に応じて按分するため、累進税率が緩和される結果となっていたのです。100の物を5人で分けて適用する税率と、1人だけで負担する場合の税率を比較すれば、5人で分けた場合の方が負担は軽いのです。
農家の場合、都市部とは言っても実質的には未だに長子相続が根強く残っています。大半の財産は長男が相続して“家”を継ぎ守っているのが実態なのです。他の兄弟にハンコ代程度の財産分けはしても、長男が一人で高率の税率を適用されれば、相続税負担は従来とは較べ物にならないほど、過大になることは火を見るより明らかです。勿論、農地については納税猶予制度という物が用意はされています。しかし、この制度の適用には様々な問題があり、それなりの決心というか決断が必要です。この制度を除いて考えた場合、増税に繋がる改正はとても選挙前には考えられません。
4.結局は税制は政治そのもの!
情報筋によれば、昨年11月末の自民党税制調査会の小委員会では、『都市部の農家は全滅する』『選挙前にやられたら終わりだ』等々遺産取得課税方式に反対する議員が続出したそうです。自民党にとって農家は大切な大票田であり、お得意様。反対する気持ちは理解できます。
税法は、言い方は悪いかも知れませんが合法的に国民から税金を召し上げる法律、手段です。税制をどの様に組み立て執行していくかは、正に国の最重要事項です。しかし、そもそも課税方式にしても税率の決め方一つにしても、数字そのものに理論的な根拠はありません。その時々の政策そのものなのです。農家の税負担だけで相続税の改正が先送りされたわけではないのでしょうが、選挙前の情勢を無視するわけにはいかないでしょう。
5.農家を取り巻く税制とその問題点
東京を中心として3大都市圏においては、生産緑地法という法律により、農業を継続することが非常に困難な状況になっています。広大な農地に対しても、固定資産税は原則的には宅地並の課税がなされます。それを避けるには生産緑地の指定を受けなければなりません。ただ、生産緑地にしてしまうと宅地への転換が制限され有効活用もままならないのです。相続税もそれに追い打ちを掛けます。前述のように農地の納税猶予制度というものもあるにはあります。しかし、これを選択すると、生涯農業を継続しなければならず、人生の途中での職業選択の自由は奪われてしまいます。勿論、宅地としての莫大な相続税を払えばいいのですが…。現状でさえ難しい農家の理解を得ての相続税改正、初めから実現は困難だった???