不動産を売買や贈与によって名義変更するとします。その情報は登記所から税務署にそのまま流れます。不動産の移動については、隠し事はできないのです。登記が動くと、税務署は売買や贈与の申告の有無、資金の出所等の確認を行います。が、登記された事項は必ず真実なのでしょうか。登記の内容と真実が異なる場合、税務署は何を信じるのでしょうか。登記は絶対なのかどうか検証してみましょう。
1.お寺は土地(底地)を売らない
こんな事例がありました。あるお寺が境内とは別に、周辺に広大な土地を所有していたのです。それ自体、決して珍しいことではありません。土地を借地人に貸しているのですが、多くの場合、お寺は土地と言うか、底地を売ることはしないのです。その代わり、借地権の売買は条件付きで認めています。このお寺の場合、その条件は承諾料を支払う事の他に、売却先が法人ではなく”個人”であることとなっていたのです。
しかし、この土地上にある借地権付きの建物の購入を検討していた買主は、はたと困ってしまいました。法人として賃貸事業を行なう積りで、また、法人名義でなら信用もあったので、銀行からの融資も受けられたからです。借地人が個人でないと許可されない理由は定かではありませんが、買主としてはそれに従わざるを得ません。
2.建物の登記名義は個人ですが…
買主は場所を気に入り、物件の収益性を好感していたので、仕方なく個人名義でこの借地権付き建物を購入しました。建物の登記名義は勿論、代表者”個人”です。ところが、登記簿謄本を見ると、『乙区』と言って抵当権の設定状況等が示される部分に驚愕の事実が。そこには何と、債務者として法人の名前が記載されているではありませんか。この手の融資の仕方は、債権者である金融機関さえ納得していれば済む話です。お金の使い道は、言うまでもなく個人名義で購入予定の建物代金でしょう。個人名義での購入を知っていながら、それでも法人に融資するのです。銀行はあくまでも名義上の購入者である個人ではなく、信用力のある法人に融資をします。但し、担保の対象となるのは個人所有の借地権付き建物、と言う仕組みです。代表者個人としてもそれに異存はない筈です。同族関係者間の話ですから。
3.問題は申告の方法と税務署の対応!
さて、この事実を踏まえ、一体誰の名前でこの建物からの賃貸収入を申告するのでしょうか。
結論から先にお話ししましょう。登記簿上は所有者でもなんでもない”法人”です。法人が真実の所有者であるとして、その賃貸収入を申告するのです。しかし、そんな事が許されるのでしょうか。また、税務署はそれを認めるのでしょうか。
確かに銀行からの融資は法人宛となっています。銀行はそれが個人名義の建物取得に充てられることも知っています。と言うより、地主の都合で個人にせざるを得ない事実を、銀行も了解しているのです。従って、あくまでも法人に対する融資であって、その後、個人口座をスルーして個人名義で地主への支払いが行なわれることも承知をしています。言ってみれば、名義上だけは個人所有となってはいても、これは仮の姿であり、真実の所有者は法人なのですから。
4.登記に公信力はない!
そもそも登記に『公信力』などないのです。仮に登記名義人が真実の権利者でない場合でも、一定の要件の下で、その権利を取得することが認められるというのが、不動産の「公信力」です。
しかし、日本の登記には公信力が認められていません。そのため、登記簿を信頼して、登記上の所有者から不動産を買い取っても、本当の所有者に対しては権利を主張できないのです。不動産登記に「公信力」がないのは、登記官が現地調査を行わず、書類だけで登記を処理しているので、取引の実態を把握できないためだと言われています。
5.税務署に対し用意すべき補完資料
問題は税務署です。税務署に対しては、登記だけで判断しないよう、真実の実態を説明できればいいのです。上述のように、登記に公信力はないためです。税務はあくまでも実態に課税するものなので、それを裏付ける疎明資料を作成するのです。この疎明とは法律用語ですが、『一応確からしいとの推測を裁判官が得た状態、また、…(中略)…真実らしいと裁判官に確信を抱かせること』とされています。”証明”よりは軽く効力も低いものと言えるでしょう。
具体的には、地主の都合で法人名義では購入できない旨を謳った取締役会議事録の作成、融資を受ける銀行とのやり取り、その他一連の経緯等を説明できる資料を揃えておけば、ほぼ完璧な疎明資料となるでしょう。登記に限らず、税務は実態で判断です。本来の必要書類が提出できない場合でも、税務署に認められるケースが多い事を、覚えておいて損はありません。