税務署には税務調査の際に活用すべき色々な情報源がある。最も典型的なのが一般取引資料箋と言われるもの。例えばA社を調査した時に、その仕入先B社との取引金額を把握する。すると、それはB社の税務調査をする際、B社の売上先としてA社が計上され、金額が符合するかどうかの確認項目として利用できることになる。税務署ではこの手のものを資料箋と言うが、これを基にこんな事までやる調査の最新の実態をご紹介しよう。
1.昔は”紙”、今は”電子データ”
この資料箋、昔は総て紙に書かれ、それを保管していた。そして個人でも法人でも、確定申告が終わると、申告内容とその資料箋との突き合わせを行うのである。もし符合しないものがあれば、申告漏れが想定されるため、要調査事案として選定される可能性が高まる事は確実だ。
しかし、ペーパーレス時代の昨今、これらの資料箋はKSKと言う国税庁の課税情報システムに電子情報化されている。筆者が税務署に居たのはもう何十年も昔の事だ。現在の資料箋の運用実態は知る由もないが、基本的なやり方は同じではないのだろうか。調査官としては資料箋との突合を綿密に行うことが非常に有用なのである。ただ、紙と電子データとを比べると、見易さ、使い易さは紙の方が上だろう。見逃しがあるかも知れない。
2.税理士を交代させてATOが調査立会
このATO通信はネットでも公開している。税務署の実態や税務調査で戦う姿を記事にしているからだろうか。先般もこんな事があったのだ。関与している税理士がいるのに、それを断って当事務所に今後の関与も含めて、税務調査の立会を依頼されたのである。とりあえず調査年分の決算内容も詳細は分からぬまま、調査には立ち会った。税務署は開口一番、X銀行との取引はあるか、との質問である。決算書綴りにX銀行は載っておらず、簿外の取引口座ではないかとの疑念があると言う。上述した一般取引資料箋があり、それが今回の調査の選定理由だと知らされた。が、3年前のものなので取引の全容は分かっていないとの事。
3.社長の答弁
それに対し調査会社の社長は次のように説明した。『X銀行に口座があるのはウスウス知っていた。それは元共同経営者が開設したものだと思うが、自分はその口座開設に積極的には関与していない。その後、彼とは経営をめぐる意見の違いから、現在は手を引いて貰っている。従って彼が当社の名前で取引をしているものだと想像するが、彼への反面調査は避けて欲しい。彼は得意先への影響力が非常に強く、怒らせると現在の取引先まで失う恐れがある。金額次第では当社が総ての責任を負うので、先ずは取引金額の全容を教えて欲しい。』この時点で筆者は社長に若干の同情を禁じ得なかった。税務署も簿外の預金口座があることは把握していても、全容を把握していないので税務調査で状況を確認してから銀行調査を行うとの事。とりあえず、直ぐに元共同経営者に対する反面調査は行わないと約束してくれた。
4.税務署が行なう銀行調査
その後税務署は銀行調査を実施したようだった。銀行に行けば、その簿外口座と想定される普通預金の動きは総てが復元できる。それを基に、社長が自分で責任を取るべき金額を税務署から指摘されるだろうと思っていたのだが、事はそれほど単純ではなかった。この預金口座に関して、社長自らは関与していないと言っていた。にもかかわらず、何と税務署が調査をしたい旨を会社に連絡した直後に、この社長は自分でこの口座を銀行に行って、解約していると言うのだ。それを税務署は銀行の監視カメラで社長本人であることを確認していると言う。確かに今は監視カメラ、防犯カメラの時代である。預金の動きだけではなく、誰がいつ手続きをしたのか、カメラは総てを見ているのだ。これらのカメラは警察が犯人を特定するだけのために使っている訳ではない。税務署だって任意調査の段階でも、積極的に活用している。強制調査のマル査などは推して知るべしである。
5.税務署に嘘はいけない!
この事例、当初は自分の関与している口座ではないが責任を取る旨の供述をしていた社長である。筆者も同情すら感じていたが、それは税務署も同様だろう。勿論、だからと言って社長に対する課税が軽減される訳ではない。しかし、このような場合、税務署は元共同経営者への反面調査を省略したり、除外した売上に対する原価を一部認めてやったり、それなりの配慮をしてくれることも多いのだ。それがこの社長のように税務署に嘘をついていたことが判明すると、もはや同情の余地はない。確かに税務署も資料箋を直ぐに活用せず、3年も経ってから見直ししたのは職務怠慢だ。また、筆者も税務調査に当たっては、税務署に対して日頃から是々非々で対峙してはいる。が、嘘はいけないし税務署を甘く見てもいけない。税務署と喧嘩ができるのは、あくまでも理屈の世界、税法に則って適正に処理をしている場合だけである。