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TOPATO通信相続放棄をしないと妻と子がこんな事に… 5286号

ATO通信

5286号

2016年3月31日

阿藤 芳明

相続放棄をしないと妻と子がこんな事に…

 ある税理士の話である。相続税法についての無知か税務署を甘く見たツケなのか、死んでもなお、相続人がその責任を追及された事例である。被相続人に過大な借金がある場合だけでなく、ヤバイ事があったら、とにかくやるべきは”相続放棄”である。これで総てから解放されるが、放棄をしなければ、その責任は相続人に未来永劫ついて来ると言う怖い話である。


1.相続税法における海外財産の取り扱い

 日本人であれば、何がナンでも総ての財産について日本の相続税が課税される訳ではない。被相続人が日本に住所があるのかどうか、そして相続税を納めるべき人が日本に住所を5年超有しているのか、日本国籍はあるのか等によって、課税される財産の範囲は異なる。ここでは話を最も一般的な場合に絞って考えてみよう。つまり、被相続人も相続人も総て日本国籍を有し、日本に住所のある場合である。この場合の話は簡単で、ワールドワイド、つまり世界中の財産について、日本の相続税がかかることになっている。従って、スイス銀行の預金も、ハワイの別荘も、エーゲ海に浮かぶコンドミニアムも総て相続税の対象なのだ。


2.今なら”国外財産調書”があるが…

 平成25年分から、その年の年末に合計額で5,000万円を超える国外財産をもっている場合、確定申告の期限までにその種類や数量、価額等を税務署に提出しなければならない。『国外財産調書』と言われるもので、税務署はそれまで課税漏れが多かった国外の財産に、現在は非常に目を光らせている。かつては諸外国との税務情報の交換が密にはなされておらず、結果的に国外財産についての申告漏れ、課税漏れが多かったのだ。従って、現在ではこれからお話するような事態は起こらないかも知れない。では、どんな事件だったのか、その概要からお話しよう。


3.税理士の誤った指導

 相続税の申告を、毎年の確定申告を依頼していた税理士に依頼した、仮にX一族としておこう。相続人の一人がその税理士に、海外にも財産がありそうなのでどうしたらいいのか、と相談をした。それに対し税理士の回答は何と、「海外の件は調べなくてよい」と答えたそうだ。同じ税理士として、開いた口が塞がらず、目まいで倒れそうになるような驚くべき回答である。相続人もそれならと言うことで、海外の財産約3億5,000万円を計上せずに相続税の申告を行った。そして、それが相続税調査で日の目を見ることに。結論を先に言うと、税務用語で仮装・隠ぺいと言うのだが、俗に言う”脱税”に当たりその行為が悪質であると言う認定を受けたのだ。このような場合には、本税の他に35%の重加算税が課税。さらには本来配偶者には一定額まで相続税がかからない特例も、その部分については適用されない。結果、相続人は重加算税を含め1億円を超える損害を被ったと言うことで、この税理士を訴えたのだ。


4.裁判所の判断

 その結果、一審では税理士に総額1億円超の損害賠償が命じられた。その理由として、原告(X一族)は相続税の申告に際し、税理士に海外の財産の取り扱いを尋ねている。それに対する回答、指示が適切でなかったことが直接の原因だが、更にa.税理士は被相続人の所得税の確定申告に際し、海外での医療費の資料を受け取っている。そのため、被相続人が海外に財産を有していることを認識していた可能性が高い。b.上記a.にもかかわらず、海外の財産について資料も求めず確認もしなかった。c.原告は被相続人が海外に財産を有していること自体は認識していたが、具体的な資料は手元になかった、等々がその理由だ。ただ、二審では、原告も海外の財産についての認識があったため、納税者としての過失を認定。3割の過失相殺を命じ賠償金を約7,000万円に減じて判決が確定した。


5.税理士は裁判途中で死亡したが…

 ここまでの話で、筆者は同業者としてこの税理士の心中は察するに余りある。このケースでは確かに税理士の指導や対応には非常に疑問が残る。ただ、実は数年前になるが、筆者もある相続事案で相続人の一人から逆恨みをされ、裁判にまで発展した経験があるのだ。筆者の場合は当方の言い分が通ったため、裁判費用等を負担することもなく、相応の報酬も頂いているので実害はなかった。
 しかし、裁判沙汰はやはり相当に精神的な負担が大きい。鈍感で心臓に毛が生えているとまで言われる筆者においてさえ、である。実は、上記の事案、渦中の税理士は裁判途中で亡くなっている。詳細な事情は分からないが、被告の死後、相続人である妻や子が、その債務を継承しているのだ。税理士自身の相続に際し、相続人は相続放棄さえすれば、このような債務まで引き受けることはなかったのに、である。税理士の名誉のためか、勝訴の確信があったのか、はたまた税理士に多額の財産があったためかは不明である。私の知る限りでは、この稼業、税理士如きで1億円を超える財産を蓄財できるとは思わないが…。

※執筆時点の法令に基づいております