事業用資産の買換えの特例については、この稿で何度か取り上げてきました。原則として税務では、売却代金で何を購入しても、売却だけに注目し、売却益が生じていれば課税される仕組みです。
しかし、一定の要件を満たしている場合、その売却益の課税を将来に繰り延べる特例が、買換え特例の考え方です。では、実際に課税ができるその”将来”を、税務署はどのように管理し、本当に何年経っても虎視眈々と狙っているのでしょうか。税務署の管理体制について考えてみました。
1.いつまで繰り延べられるのか
課税の繰り延べとは、文字通り売却の時点で原則通りの課税をせず、将来に先送りする事を言います。いつまで繰り延べるかと言うと、土地を例に考えてみると、買換えで取得した土地を売却した時点まで、と言うことが言えるでしょう。その時点まで従前の既に売却した土地の取得価額を引き継ぐため、値上がりがあれば、それを売却した時はかなりの売却益が生じる事になるでしょう。逆に言えば、買換えで取得した土地を売却さえしなければ、永久に課税される事はないのです。
(厳密には8割部分が繰延べ対象となり、若干の課税はあります。)
2.パソコンが無い時代には…
しかし、課税する側の税務署は、いつ売却するかどうか全く分からない”その時”をどのように管理するのでしょうか。今の時代なら、パソコンに入力さえしておけば、何年前の事実でも、それこそ操作一つで簡単に情報を検索し、入手することは可能です。ただ、税務署には申告書そのものは5年分しか保管されていません。重加算税の対象となる事案については、7年分まで課税を遡及できるため、古い分は各署の分をまとめて大きな倉庫に保管しているのです。ただ、その場合でも7年分が限度。税務署は今でこそKSKと呼ばれるシステムを導入し、パソコンを駆使して情報管理を行っています。が、パソコンが無い時代には、総て手作業の紙ベースで記録を残してきたのです。但し、申告内容総てを記録することなどできないため、引き継がれる価格だけではありますが。
3.さすが税務署!
今から数年前のこと、事業用資産の買換え特例の適用を何十年も前に受け、買換え資産である土地を売却したお客様の例を紹介しましょう。お客様は特例を適用した旨を、当時の税理士から説明を受けたか否か曖昧な記憶がある程度でした。
もし、特例の適用を受けていれば、既に売却した古い土地の取得価額、つまり相当程度に低い価額を引き継いでいるため、今回の売却で多額の売却益が生じてしまう恐れがあるのです。
が、いかんせん古い話であるため、当時の資料もなく、申告作業は困難を極めました。引継ぎ価額が分からないためです。このような場合、通常は税務署に行って引継ぎ価額の閲覧申請をすれば、該当部分の数字を教えてはくれます。
しかし、お客様の要請により、勝負に出ようと言う事になったのです。つまり、引継ぎをせず買換え資産の実際の価格そのままで申告すれば、売却益が減って税額が抑えられる。税務署だって必ずしも昔の資料が保管されているとは限らない、それに賭けようと言う魂胆だったのですが、あえなく修正申告。流石に税務署はしっかり資料の管理をしていたのです。
4.瓢箪から駒?
話は変わって別の案件。他の税理士が事業用資産の買換え特例を適用した買換え資産を、この度売却することに。その申告を当事務所がお手伝いする事中で、その計算に誤りを発見したのです。話はやや専門的になります。相続税の取得費加算の話です。譲渡税の計算の際、相続した財産を相続税の申告期限から3年以内に売却した場合には、売却益の計算上、相続税の一部が経費のような扱いになる特例があるのです。これが買換えの特例と組み合わさると、相当に複雑な計算に。結論として、その時の申告で過大な税金を納めてしまっているのですが、減額の手続きができる期限は既に徒過。しかし、悪い事ばかりではありませんでした。その計算が間違っているために、引継ぎ価額が過大になっており、今回の売却益は真実よりも過少になるのです。ただ、税務署はそれに気づいているのかいないのか…。
5.同じ轍は踏まない!
当方の責任ではないにせよ、以前、税務署を甘く見て失敗した経験を今度こそ生かさねば。本来、税務署が引継ぎ価額の計算の誤りに気付けば、税額が減額されることになります。が、真偽は不明で税務署の処理を確認しなければなりません。今回は王道を行くべく引継ぎ価額の閲覧申請をし、該当部分の確認をしたのです。結果は、やはり誤りに気付いていないご様子。これで今回の申告は得をする事に。と言うより、前回納めなくてもいい税金を過大に納めた訳で、これで前回分を若干取り戻すだけ。まだまだ納め過ぎですので、今回はどうかお許し頂きたい