相続税の納税方法の一つに物納があります。平成18年の税制改正で60年ぶりに物納制度が大幅改正となって以来、世間では物納は難しいと言う評判がすっかり定着してしまいました。 何とか不要な財産を物納で引き取らせたい納税者、物納を断り可能な限り金銭納付を望む課税側。時に納税額以上の財産を物納し、おつりまで狙う戦略は、果たして上手く機能するのでしょうか。
1.相続税の納税方法と優先順位
言うまでもなく、相続税の納税は現金による一括納付です。それが無理なら最長20年の分割払いの延納で、それでも納められない時に初めて物納が認められる事になっています。その意味では確かに物納戦略はそれなりに難しいかもしれません。とにもかくにも、現金納付ができない状況がなくてはならないのです。
2.どの財産を物納するかは納税者に選択権あり
例えば相続財産の内、物納の候補となる土地が複数ある場合、どれを選択するかは納税をする側に選択権があります。土地Aを申請したら、土地Bの方が形も良いし駅に近いので、AをやめてBに変更せよと言う事は、原則的にはありません。
ただ、何らかの事情でAは物納として適格性を欠いている場合は事情が異なります。Aはこれこれの理由で物納は許可できないが、Bなら収納が可能と言うことはあり得るのです。いずれにせよ、税務署の方から物納するならBにしてくれと要請される事はありません。
3.収納価額が納税額を超える場合には
物納の場合、いくらで収納されるかと言うと、申告書に記載したその財産の評価額です。しかし、財産の評価額がちょうど納税額に見合うとは限りません。例えば納税額が1億円で物納申請をした財産の評価額が1億5,000万円の土地の場合を考えてみましょう。その土地が分筆でき、1億円と5,000万円の二つの土地に分けられるのであれば、その分筆した1億円部分の土地は収納が可能でしょう。
それができない場合には、収納額が1億5,000万円となるため、税務署は5,000万円をおつりとして支給してくれるのです。夢のような話ではありますが、良い事ばかりではありません。
先ずその5,000万円は譲渡所得の課税対象となり、長期保有であれば住民税と併せ20%の譲渡税がかかります。しかし、不要な財産が処分できて国がおつりまでくれるのです。これを狙わない手はありません。
4.おつりはなるべく出したくないのが税務署
ここで物納財産について、収納後の税務署の業務を考えてみましょう。実は税務署は単なる窓口で、実際には財務局が収納も、その後の処理も行います。基本的には収納財産は換価処分、つまり売却をする事になります。競売と言う手法で行うため、勿論財産の種類にも拠りますが、高額な換金化が見込めない事も多いもの。まして、収納に当たっておつりまで出していたのでは、税金の無駄使いと言われてしまいます。
彼らとしてはなるべくおつりは出したくないと言うのが本音なのです。金額にも拠りますが、多額のおつりはまず出しません。そんな場合はどうするのでしょう。土地Aは取れないが、土地Bなら検討しようと、このケースでは先方からこんな要請がなされてしまうのです。
5.賃貸建物があると…
こんな事がありました。相続人は海外に住む長女一人です。財産の大半は日本国内にある不動産で管理は総て業者任せ。中でも外国人向けの高級賃貸マンションは、都内の一等地にあるものの、維持管理費と修繕費がかさみ、老朽化とも相俟って売却処分候補の筆頭です。場所柄路線価は異常に高く、実際の売買価格を大きく上回っています。土地だけを更地で売却なら言うまでもなく人気の場所、路線価以上で処分できるのは間違いありません。しかし、賃貸建物が有り、居住者が現実に居ると、不動産としては利回り計算をし、収益価格ベースで計算されてしまうのです。一方、相続税の評価額はそんな事はお構いなし。路線価に面積を乗じて計算です。こんな場合には相続税の評価額で収納してくれる物納が一番です。
6.換金するには順序がある!
物納するのが一番とは分かっていても、納税額7億円に対し評価額は5億円、しかし、売却価格はなんと3億5,000万円にしかなりません。実は他に預金が4億円もあるのです。納税に先ずは預金の4億円を当てると残りは3億円、5億円の物件を物納するとおつりが2億円。果たして評価額の4割を税務署がおつりで返してくれるかどうか、かなり厳しいラインです。実際にはこれの他に簡単に売却できる物件もあるのです。が、それは物納が晴れて認められてから売却すればよいのです。
収益価格、利回りを全く考慮しない路線価評価とそれに基づく物納の収納価格。現実無視の相続税評価が悪いのか、おつりを狙う納税者が悪いのか、狐と狸のバカシ合いが始まります。