所得税や相続税の対策として、また効率的な管理・運営のため、個人所有の不動産を法人化することはとても効果的な手法です。しかし、家賃収入を次世代に移転できれば良いのだというのであれば、子どもなどへ単純に生前贈与するのが最も簡単です。この場合のポイントは何なのか、探ってみましょう。
1.家賃収入を移転する
賃貸建物から生じる家賃収入、そして所得は当然に所有者に帰属します。ここで、所有者が親世代であれば、今後はもう家賃収入を得る必要は無いので子どもたちに早めに収入を移転したい、ということもあるでしょう。早く移転させたい、要は相続まで待てないというのであれば賃貸建物を生前贈与すれば良いのです。そうすれば自ずと家賃収入は贈与を受けた人に移ります。言うは易しですが、実際には贈与税の負担を考えなければなりません。贈与税の計算で用いる評価額は、相続税評価額と同じで賃貸建物であれば固定資産税評価額の70%です。贈与税のことを考えるのであれば、生前贈与に適している賃貸建物は、相続税評価額が比較的低いものになります。イメージ的には築年数がある程度経過した建物といった感じです。築年数は多少経過しているが、しっかりと稼いでいる物件であればベストです。ちなみに、外壁塗装などの大規模修繕が必要そうな建物は、贈与前に工事しておくのが良いでしょう。なぜなら、修繕をしたとしても、あくまで建物の維持管理費である以上は固定資産税評価額が変更されることはないからです。つまり、贈与する親が通常の大規模修繕を行っても相続税評価額は変わりません。その分お得に贈与できるということです。
2.地代は無償で良い
家賃収入はあくまで賃貸建物から生じます。したがって、アパートなどであれば贈与対象は建物だけでOKです。アパート敷地まで贈与するとなると相続税評価額が大きくなってしまいます。目的は家賃収入の移転であるならば、建物だけを贈与すれば良いのです。そして、その敷地は相続時に建物の所有者が引き継げば問題ありません。遺言書を作成して土地の相続先を決めておけばスムーズに承継できることでしょう。この場合、建物の贈与後は土地と建物の所有者が異なりますが、個人間ですので地代は無償とする使用貸借契約で問題ありません。逆に地代の授受をしてしまうと借地権課税の問題が発生してしまいます。地代は無償にしておきましょう。
マンションなどの敷地権付の区分所有建物は建物だけの贈与はできないため、贈与対象は土地建物一体です。
贈与するのであれば、事前にマンションの相続税評価額を確認しておきましょう。
3.負担付贈与には注意
賃貸建物の生前贈与を行うときには、非常に注意しなければならない点があります。それは、負担すべき債務を付けたままの贈与、いわゆる負担付贈与にしてはいけないということです。
敷金・保証金や、借入金などの負担が付いたままであると、この負担付贈与に該当してしまいます。これに該当すると、賃貸建物を時価で評価しなくてはならなくなり、相続税評価額を利用して贈与することができなくなってしまうからです。そのため、このような場合には債務に相当する現金相当額を同時に贈与して、実質的な債務の負担を無くすようにしましょう。敷金・保証金であれば、その分の現金を渡してあげれば良いのです。ところが、借入金となるとそう簡単にはいきません。金額も大きくなるでしょうから現実的には現金精算はありえません。そのため、借入金が多額の場合には実務的には難しくなります。ちなみに、実質的な負担を引き継がせないようにと、当事者間では借入金相当の債権債務を別に認識すればテクニック的には可能でしょう。いずれにしても多額の借入金があると実務的には少し厄介なのです。
4.時価と相続税評価額の差が大きいと有利
生前贈与をするのであれば、時価と相続税評価額の差異が大きい方が効果はあります。低い相続税評価額でより大きな物件を贈与できるのですから、通常は家賃収入の相対比率も高くなるはずです。なお、都心のマンションはこの差異が比較的大きくなる傾向が強いです。令和4年4月の最高裁判決のことを心配する方もいるでしょうが、判示では時価と相続税評価額の乖離が大きいことだけをもって否認することはできないとされています。今回の生前贈与は、その目的からすれば問題が生じることはないでしょう。なお、生前贈与をして3年を経過すれば相続税の計算に取り込まれることがなくなり、財産の切り離しが終了します。
5.法人化との選択
贈与をすれば家賃収入を移転できます。しかし、移転したとしても贈与を受けた子どもに相応の給与収入があれば所得税対策にはなりません。税負担全体を考えるのであれば、移転する収入(所得)規模と受贈者の所得税負担も考慮する必要があります。
単純に生前贈与を行うべきか、それとも法人化を選択すべきか、是非とも総合的に検討したうえで賢い選択をしましょう。