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COLUMN

TOPATO通信樹を見て、森も見て! 5155号

ATO通信

5155号

2005年4月28日

阿藤 芳明

樹を見て、森も見て!

 「樹を見て森を見ず」ということわざがあります。物事の一部分だけは詳しいのに、全体の把握が疎かであることの喩えです。税務についてもこれは至言ともいうべきもの。一つの税目に捕らわれず、あらゆる角度からの検討が必要なのです。


1.法人税を節税したのは税理士の手柄?

 ある会社が決算を迎えました。誰しも税金は少ない方がいいに決まっています。税理士は社長を喜ばせようとして、あの手この手で工夫をします。苦労の甲斐あって利益はゼロ。社長は喜び、税理士は胸を張りました。ここまでは良かった。
 路線価が公表される時期となりました。この会社は高額な土地を所有しているため、路線価にも敏感でした。というのは、未上場の会社の株式については、後述のように評価方法によって、路線価が株価に大きな影響を与えることがあるからです。社長のお父様がオーナーとして大半の株式をお持ちで、将来の相続を睨んでのことだったのです。そのお父様もかなりの高齢、年齢的にはいつ相続という事態が生じてもおかしくはないため、毎年路線価公表の時期に、株価を見直すことになっていたのです。


2.未上場株式の評価方法

 ここで、未上場の株式の評価方法についてお話をしておきましょう。正直言って、かなり専門的になってしまうため、あえて極めて割り切った説明にします。原則的な評価方法には大きく①純資産価額方式②類似業種比準価額方式の2つがあります。①は財産の額から借金等の負債を控除した、差引き残額で評価する方法。②は評価しようとする会社の一株当たりの利益、配当、純資産(類似の3要素と言う)を同業の上場会社のそれらと比較して求めようとするものです。
 ①においては、昔から保有する土地が低い価額(当時の取得価額)で帳簿に計上されていても、株価計算に際しては、現在の高い価額(時価)が反映されてしまいます。②の方法ではそのような含み益が株価に反映することがないため、一般論としては①より②の方が評価額が低くなり、有利だとされているのです。


3.評価方法の落とし穴

 さて、話は決算で工夫をし胸を張った税理士に戻ります(当事務所ではありません。念のため!)。路線価が公表され、この税理士も株価計算をして驚いたことでしょう。頑張って2期連続で利益をゼロ、配当もゼロにした結果、従来は上記②の低い評価額で算出できていたものが、②の適用が無くなってしまったのです。業界用語で”2要素ゼロ”と言いますが、この場合には原則として、①の高い評価額で計算することが強制されるのです。部分的(25%)には②を適用する方法も認められてはいますが、基本はあくまで①の純資産価額方式になってしまうのです。
 これが税務の実務の落とし穴。それに気づいた時の税理士の心中、同業者として察するにあまりあり。何と従来の5倍にもなってしまったのです。実はこの会社、超都心に土地があり、その土地で貸しビル業を営んでいる会社だったのです。税理士の報告を聞いて、社長はたいそうな剣幕だったそうです。毎年相続を心配して、株価評価をやっているのに、突然のこの報告ではさもありなん!


4.解決策はあるのか?

 この段階で当事務所にご相談にお出でになったのです。この税理士を責める事なんて、決してできません。もしかしたら同じ誤りをやっていたかも知れないからです。しかも、この税理士は工夫をし、社長を喜ばせるためにやったのです。
 とにもかくにも、このままでは大変です。聞けば前期でビルの大修繕も終わり、今期は経費が少額の見込み。結果大幅な利益が見込まれるとか。とりあえず、決算期を今直ぐの今月末に変更し、利益が出る状態での決算を組むことをお勧めしました。これなら2要素ゼロにはならず、②の方法が再び適用できるからです。


5.常に樹を見て、森も見て!

 同じようなことは他にいくらもあるのです。例えば個人の土地に賃貸物件を建築する場合、個人名義か法人名義かもその一つ。個人名義なら土地の評価が”貸家建付地”という更地の7~8割の評価に下がり、建物評価も賃貸物件なら有利な評価で相続税対策になろうというもの。法人名義の場合、土地の評価を抑える方法はあるものの、建物は個人でないため直接の評価のメリットはありません。一見個人名義がよさそうです。しかし、これも相続がいつ起こるかにより、状況は一変します。
 詳しくはお話できませんが、ケース・バイ・ケース。相続税ばかりでなく所得税、法人税、消費税等色々なことを考えなければ結論は出てこないのです。常に樹を見て森も見て、税務は本当に難しく、筆者など、なかなか胸が張れません。

※執筆時点の法令に基づいております