お役立ち情報
COLUMN
原則として月に一度、
代表 高木康裕が自身で執筆しております。
お客様の立場に立って、
新たな税務の情報や事例をご紹介。
辛口で税務の現場のナマの姿をお伝えして参ります!
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5265号
小規模宅地の特例の適用をめぐる攻防
相続税においてご自宅や貸家の敷地については、『小規模宅地の評価減の特例』があるのをご存じの方も多いでしょう。敷地の種類により面積の制限はありますが、最大で80%引きの評価になる大きな特例です。
特典が大きいだけに、実は相続人の誰がどのように適用を受けるかについては、争いの種になる事も多いのです。"争族"にさせないために、大人(?)の知恵と解決策が必要な事もあるのです。
1.小規模宅地の評価減の概要制度の詳細は割愛させて頂きますが、概略は次のとおりです。一定の要件はありますが、ご自宅で適用する場合は240平方メートルまでの部分が80%引き、店舗・工場等の事業用の敷地は400平方メートルまで80%引き、アパート・賃貸マンション等貸付用の敷地では200平方メートルまで50%引きの評価になる特例です。
現行の制度では、例えばご自宅敷地が350平方メートルの場合、これだけで既に限度面積の240平方メートルを使い切ってしまいます。そのため他にもこの特例を適用できる貸付用敷地が150平方メートルあったとしても、そこまで減額できる訳ではないのです。
逆にご自宅敷地が200平方メートルなら、余った40平方メートルに相当する部分(調整計算が必要)を事業用や貸付用に適用できることになっています。
但し、来年の1月1日以降の相続については、ご自宅敷地の適用面積が330平方メートルと面積が拡大される他、事業用の400平方メートルと併せて最大730平方メートルまで80%引きになると言う朗報があります。
しかし、残念ながらご自宅と貸付用との併用はありませんのでご注意下さい。
2.誰が適用しても相続税の総額は減少する今回のテーマをご理解頂くために、ここで相続税の計算方法を簡単に復習しておきましょう。財産額が確定すると、「相続税の総額」と言う言い方をしますが、税務署はこの財産の額と法定相続人の数から、機械的に税額をはじき出すのです。
具体的には、法定相続人が法定相続分通りに相続したものとして、各相続人ごとに税率を乗じて税額を算出。ここで計算された各人の税額を合計したものが「相続税の総額」で、基本的にはこれが全員で納めるべき税額となります。この方法だと、誰がどういう風に財産を分けても、分け方によって税務署の取り分は変わらず、常に同じ額の税額を確保できる仕組みになっているのです。
さて、小規模宅地の評価減の特例ですが、例えば長男が自宅敷地を相続してこの適用を受けても、次男が貸付用敷地を相続して適用を受けても、相続税の総額は必ず減額されるでしょう。
勿論、適用の仕方で減額される額そのものは異なる事にはなります。ご自宅と貸付用の土地では路線価も違うでしょうし、減額割合も80%と50%と異なるからです。
3.この特例の適用で誰の税額が減少するのか?今、相続税の総額は金額こそ異なるものの、誰がどのように適用しても、総額自体は減額されると言いました。
しかし、その税額は誰がどのように負担するのでしょうか。それは実際の相続分の按分計算なのです。つまり例えば3人の相続人が5:3:2で相続財産を分けたら、税負担も5:3:2になるのです。そして、この5:3:2の計算は上記の特例の適用後の金額で行う事になっているのです。
つまり、本来は1億円の評価の土地が、この特例で80%になり2,000万円で評価されたらどうでしょう。この按分計算でも本当は1億円相続しているのに、2,000万円分の相続をしたことにしかならず、非常に"得"をするのです。
そうだとすれば、誰だって自分が相続した財産に適用したいと思うのは当然でしょう。しかし、通常は相続税の総額を先ずは最小限にする事を優先のするではないでしょうか。最少額になった税額なら、全員が負担の減少につながるのですから。
4.この矛盾をどう解決するか?全員で負担する総額は減らしたい。が、同時に自分の負担も減らしたい。それが叶わぬ時はどうするか。ここで争ったら、それこそ"争族"になってしまいます。ここは大人の知恵、大人の解決策が必要で、その方法は2つです。
1つはそれを見越して、この特例を適用しなかった相続人に、プラスαを相続させる方法です。これなら合法的で税務署だって文句は言いません。しかし、この方法ではプラスαされた分だけ相続税の負担も増えるのです。
そこで、もう一つは税務署には内緒の話。分割協議とは若干異なる分割を行うのです。例えば、長男が特例を適用する代わり、長男は次男に袖の下として次男に幾ばくかの現金を渡す方法です。
これはまさしく贈与ですが、110万円以下なら非課税で問題ありません。これを超えたら贈与税の申告をすべきですが、申告しない方も多いとか。無申告は税理士としてはお勧めできませんが、確かに争族を回避する現実的な方法ではあります。魚も水があまりに清いと生きてはいけない喩えの通り、清濁併せ呑む事が必要なのかも知れません。2014年6月30日
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2564号
遺言を生前に実行する方法
財産を確実に特定の相続人に相続させる方法は、言うまでもなく遺言書を作成することです。しかし、期待通りの遺言になっていた相続人はともかく、自分の意に反した遺言になっていた相続人の場合、遺言書の開示で不愉快な思いをする事になってしまいます。
その結果、思わぬ妨害行為に発展する事もあり得ます。そこで、何らのトラブルもなしに遺言を確実にするためには、こんな方法もあると言うのが、今回の提案です。
1.遺言の効力の発効遺言書を作成しても、その時点で遺言書の内容が確実に実行される保証はありません。亡くなって初めて遺言書が相続人全員に開示され、執行されて初めて効果が生じることになるのです。
つまり、遺言書の作成から実際の執行まで、それなりの時間が必要なのです。もちろん、遺言と言うものは、亡くなった後の事を指図している訳で、通常はそれで困る事は少ないかも知れません。
しかし、場合によっては相続人間で生前から対立があり、いざ相続が開始されたら、それこそ血で血を洗う事態も想定されます。確かに遺言があれば、遺留分の侵害がない限り法律的には記載内容がそのまま実現できるでしょう。
問題はその遺言を快く思わない相続人の対応です。最終的な結論は変わらないとしても、何らかの妨害行為も想定されるからです。
2.生前に信託契約を締結すれば…相続人全員が納得するような遺言であれば、生前にその内容を周知させることも可能でしょう。本来、遺言書は亡くなった後に、自筆証書遺言なら発見者等が家庭裁判所の検認と言う手続きの申し立てをして開封することに。また、公正証書遺言ならその存在を知る相続人や遺言の執行者等が全員に開示するのが通常のパターンです。
前述のように、生前から相続人間に争いがある場合でも、もし遺言の執行を生前に確実なものにできれば、妨害を未然に防ぎ、余計なトラブルを引き起こすことはありません。
しかし、生前に遺言を執行できる方法があるのでしょうか。実は、それにほぼ近いことが、信託の活用で可能になるのです。具体的には、相続させたい内容の信託契約を締結して、生前に信託してしまう方法です。
3.信託契約の内容信託の税務上の取り扱いについては、既に何度かお話をしているので、ここで詳細は述べません。必要であればATO通信のバックナンバーをご覧頂きたいのですが、一言だけ復習をしておきます。
一言で言うなら委託者と受益者を同一人物にしておくのです。この形式なら信託契約の締結によって、財産の名義は受託者になりますが、贈与税や法人税等の大きな課税関係は生じないためです。
例えば父親が収益物件である賃貸マンションを、長男に相続させたいとします。それを実現するため、その土地と建物を共に長男主催の法人に信託するのです。この時点で土地・建物は登記簿上、長男主催の法人名義になりますが、賃貸収入自体は受益者が父親のため、当然のことながら父親に帰属する事になります。
さて、実際には信託契約の内容次第ですが、信託の目的を明確にすることにより、生前に実質的な管理、運営、処分までの権限を長男の法人に移転させることも可能になります。言うまでもなく、相続が開始された場合には、信託受益権を長男に相続させる旨は信託契約の中で謳っておくのです。
そうではなく、別途遺言書の中でそれを記載することも可能ですが、信託契約の中で決めておけば、より容易にかつ自然に長男に実質的な所有権の移転が可能になります。
つまり、所得税等の課税関係は別として、登記簿上と言うか、外から見て生前に実質的に法人に財産の移転が図られたことが明白になるのです。
4.生前に安心できる唯一の方法上記のように遺言に先立って、信託を活用することにより、生前に既成事実を積み重ねることが可能になります。これなら将来、確実に長男に相続財産を移転する事が可能ですし、いざ相続が開始されたからと言って、妨害行為も不可能です。
ここまでの事をしなくても、原則論として、適正な遺言であれば心配はご無用です。しかし、生前からご自身も安心できる形にしたければ、この方法しかありません。
更に安心なのは、信託をし、それが実行された場合の実際の状況を、ご自身の目で生前に確認ができることでしょう。遺言の内容をより確実にし、相続が現実のものになった姿を確認することも、信託ならではの効果なのです。2014年5月30日
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5263号
譲渡税の改正で、益々重要な相続税の納税対策
本年度の税制改正では、総じて個人は課税強化となっています。が、その中でも影響の大きいのが相続財産を売却した場合でしょう。相続財産を売却すると、相続税の他に今度は譲渡税まで課税されてしまいます。ただ、その場合相続税の申告期限から3年以内の売却なら、譲渡税が軽減される特例が受けられます。しかし、今回の改正で軽減額が大幅に減額。今後は相続税の納税対策も、根本的な見直しが必要になりそうです。
1.現行制度の概要相続財産を売却した場合の譲渡税の特例を、"取得費加算の特例"と言います。売却した財産のいわゆる原価である取得費に、一定額を加算し原価の額をアップしてくれるのです。そのため、売却益が減るために譲渡税も軽減される仕組みです。
図イをご覧下さい。相続で取得した財産の状況がこのケースで、土地Aを1,500万円で売却します。譲渡税を計算する際、特に相続の場合には取得自体がかなり昔で原価が不明な事も多いもの。その場合には売却価額の5%をいわゆる原価とみてくれます。それに加えて3.(3)の算式のような加算がなされますが、実はこの算式の分子にご注目です。分数式は注書きにもあるように、相続財産に占める土地等の価格の割合を計算するものです。納めた相続税額の内、売却したのが土地Aだけであっても、売却しないBまで含めて割合計算をしているのです。その結果、前述のとおり取得費が膨らみ、譲渡税は算出されていません。
2.改正後は譲渡税が大幅にアップ!それが、今回の改正で図イの3.(3)以下が図ロのように変わります。取得費として加算される金額が減ってしまうため、譲渡益が増えて、何とこのケースでは216万円の譲渡税まで生じてしまうのです。
3.譲渡税を避けるにはさて、相続財産を処分する方法として、通常の売却の他に物納と言う手があります。物納であれば譲渡税は掛りませんが、引き取り価額は相続税の評価額そのもの。従って、どちらが有利か不利かは売却価格のみならず、手残り額で判断する必要があります。売却ならば、売却価格から上記の譲渡税と仲介手数料を控除した金額。物納ならその財産の相続税評価額。この損得勘定はそれ程難しい計算ではありません。直ぐに判断はできますが、もし物納が有利となれば、かなりの注意が必要になります。と言うのは、実際に相続を迎え納税資金を考えて、その段階で売却か物納かの判断をしていたのでは、実務的には遅すぎるからです。
4.物納に必要な事前準備古い話で恐縮ですが、かつて物納と言えば申請から許可が出るまで時間がかかることで有名でした。そのため、真実は物納する気もないのに、時間稼ぎのためだけに、物納の申請をする事も多かったのです。
しかし、平成18年度の税制改正で、物納制度は大きく変わり、申請から許可・却下まで原則3ケ月で結論が出てしまいます。また、それに伴って、物納の申請時に原則的には総ての関係書類が整っていることが必要になったのです。
つまり、物納の申請期限でもある相続税の申告期限までに、総ての書類が準備できていなければならず、実際の相続から用意していたのでは、とても間に合わないと言う状況になったのです。
5.結局は財産の分割と納税対策更に言えば、総ての相続人ごとに相続税の納税方法を決めておくことが重要なのです。納税方法は原則的には現金による一括納付、それがだめなら延納で、延納でも納税できない場合に初めて物納。その判断は相続人ごとになります。つまり、そもそも論として、財産分けでもめていたら、納税方法どころではないのです。取得費加算の改正を機に今一度、納税方法を見直したいところです。
2014年4月30日
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5262号
受益者連続型信託を活用すれば…
"相当の地代"と言うのをご存知でしょうか。かつてバブル華やかなりし頃、文字通り相当に流行した相続税対策です。その後、バブルがはじけ、かつてのような土地の値上がりが見込めなくなってからは、すっかり鳴りを潜めた感があります。
が、今でも工夫次第でこんな使い方が…。
1.権利金の認定課税他人の土地を賃借して一定の地代を支払う契約をし、建物を建てることを考えます。片田舎でもない限り、今の時代、その時点で借地権の設定に係る権利金を支払うことになるでしょう。
地主の立場で考えれば、普通借地権で一度土地を貸したら、長期にわたってその土地は自分では使えなくなってしまいます。その見返りには相当に高額な権利金を収受しなければ、採算が合いませんし、そもそも貸す気にもならないでしょう。
しかし、借地人が親族や地主本人が主催する会社の場合、採算度外視で、いや権利金など無しで土地を貸すことだって考えられます。これを借地人である法人から見ると、本来支払うべき権利金を免除されたため、相当に得をした事になります。
法人税の世界では、この様な形で法人が得をすれば、免除された権利金相当の受贈益があったとして、権利金の認定課税と言う課税を行うのです。
2.認定課税を避けるにはこの課税を避けるには、2つの方法があります。1つは所有型法人でお馴染みの『土地の無償返還に関する届出書』を提出する方法ですが、ここでの説明は割愛致します。もう1つが本日のテーマである相当の地代を支払う方法です。
これは路線価等でその土地の3年間の平均の評価額を算出し、それの6%相当額の地代(これを相当の地代と言います)を支払う方法です。借地権設定時、つまり建物を取得や建築した時点で6%相当の地代を支払うことが必要なのです。
3.相当の地代を支払うとバブルの時代には、地価は右肩上がりで上昇しましたが、相続税対策を行う場合には、地代は敢えて上げないのです。当初の6%に据え置いたままの状態を継続するのです。こうする事により、税務上は法人に自然発生的に借地権が生まれ、地価の上昇と共に借地権価額が増大する訳です。
一方で、相対的に地主の持ち分である底地は借地権に比して低いまま。つまり、地価の上昇分は大半を借地権が吸収してくれるため、地主としては、底地の評価を抑えられる効果があるのです。
ただ、ここで注意すべきは、更地の6%相当額と言うのはかなりの金額になると言う事です。毎年6%もの地代を支払えば、単純計算をすると17年でその土地が買える金額になってしまいます。通常ではありえない金額ではあるのです。
4.今の時代への応用さて、もはやバブルの再来は常識的には考えられません。となると、相当の地代による相続税対策はその役目を終えたことになるのでしょうか。
ご主人の相続時に、次のような財産分けをすれば、今でも二次相続である奥様の相続時にはかなりの効果が見込めます。
下図をご覧下さい。ご主人の相続時点で奥様である母と子は同居を前提に考えます。税務的には生計が一の親族と言いますが、土地は子、建物は母が相続します。また、母は配偶者の特例を利用して、相続税がかからないギリギリまでの多額な現預金も相続します。その上で、母は建物を相続し他人に賃貸、子には土地の賃貸借契約を締結し地代を支払うのです。
但し、権利金を支払わないと、権利金相当額の贈与だと言われてしまいます。そこで、地代を相当の地代である6%の水準に設定。すると、毎年かなり多額の現金が地代として母から子に移転し、母の現金は激減です。
5.子は地代をもらっても課税なしそんな多額な地代を貰ったら、子は所得税の負担が大変でしょうか?このケース、母と子は同一生計。母の家賃収入は申告の必要がありますが、地代を子に払う場合には、支払った地代が経費にならない代わり、子も収入にならないのです。
これにより、母の不動産所得が極端な赤字になれば、事業とは言えず否認されるでしょう。しかし、収入と経費がほぼ同じで若干でも黒字であれば、心配はご無用。父の相続時に母は無税、その後子は母からの現金の移動が所得税も贈与税も無税です。決して夢物語ではありません。現金を確実に子へ渡す有用な方法になり得るのです。2014年3月31日
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5261号
受益者連続型信託を活用すれば…
自分の財産を誰にどのように相続させるか、遺言書さえ作成すれば、それは基本的に自由です。遺留分の問題はありますが、極端に特定の人に総ての財産を相続させることも、勿論可能ではあります。ただ、当座はAに相続させるが、Aの後はBにと言う事は、遺言書を作成しても一般的には不可能だと言われています。が、信託を活用すれば、それも可能と言うのが今回のテーマです。
1.子のいない夫婦の心配事二人姉妹の姉からの相談でした。100坪ほどの土地の一角に姉夫婦の自宅はありました。土地は姉妹で等分の共有です。姉には子がなく夫と二人暮らし。妹には子が一人いて、姉も最終的にはその土地は妹の子にと思ってはいました。
この段階で自分の死後はその子にと言う遺言書の作成は可能です。しかし、そうすると夫が自分より後まで残った場合、夫は妹の子が所有している土地建物に住むことになってしまいます。意地悪をして追い出されるようなことは無いにしても、決して居心地のいいものではないでしょう。
2.共有関係を解消しても先ずは姉妹の共有関係を解消し、姉の土地と妹の土地を分けておくのも一法です。共有物の分割と言う言い方をしますが、分割後のそれぞれの土地の価格が等価であれば、課税上の問題はありません。申告の手続きも不要です。そして、姉が夫より先に亡くなった場合、それを遺言によって夫だけに相続させるのです。
妹も姉の相続人にはなりますので、土地については遺言によって確実に夫が相続できるようにしておけば安心です。
しかし、一度夫の財産となれば、今度は夫の一存で誰に相続させるかは夫が判断することになります。理屈の上では夫の兄弟や場合によっては後添えを迎え、それらの人達に相続させることもあり得るでしょう。
ただ、通常はこのような事情を承知の上でこの土地を相続した夫です。そのようなことはないでしょうが、姉がそれを心配して、夫にも遺言書を作らせることも可能は可能です。
しかし、それをしたとしても遺言書を書き換えることなど至って簡単なこと、何度だってできてしまいます。夫が自分の親兄弟へ相続させることは無いにしても、万一再婚でもしたら、後妻へ相続させたいと思うのが人情です。
そこで、様々な状況を想定して、夫の次は妹の子がその土地を取得できる方法を確立しておかなければなりません。
3."信託"をもう一度復習しておくとそれを可能にする方法が"受益者連続型信託"なのです。この説明に入る前に、もう一度信託についての基礎知識を整理しておきましょう。登場人物は3者、財産を預ける人が委託者、それを責任を持って預かる人が受託者、その財産から得られる利益を享受する人が受益者です。
委託者である姉が信頼できる妹にこの土地を信託します。つまり妹を受託者、そして自分自身を受益者とする信託契約を結ぶのです。委託者と受益者を両方とも同一の姉にするのは、この土地が信託により登記簿上は受託者である妹名義になっても、譲渡税や贈与税の課税がないからです。
なお、妹に信託しなくても、"自己信託"と言って自分自身を受託者とすることも可能ではあります。しかし、説明がやや複雑になってしまうため、ここでは妹に委託したケースで考えてみましょう。
4.受益者連続型信託ならこの受益者連続型信託とは、姉が亡くなった時にはそれまで自分が持っていた受益者としての地位、つまり受益権を夫に相続させるのです。そして、夫が亡くなった時には、それを妹の子に相続させる旨の信託契約書を作成しておけばいいのです。このような信託契約をしておけば、結局は遺言書を作成するのと同じ効果が得られる事にもなります。信託契約は、原則として委託者、受託者、そして受益者全員の合意がなければ、その内容の変更はできません。その意味では、遺言書のように後日の書き換えを心配する必要はないのです。
但し、信託契約も無期限に効力があるものではありません。信託から30年を経過した時の受益者が死亡して、その次の受益者が死亡した時点で終了です。あまり早過ぎる時期に信託契約をして、長生きすると目的が達成できないかも知れません。2014年2月28日
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5260号
相続税における建物評価に警告?
相続税においては、建物の評価について独自の基準はなく、固定資産税の評価を借用しています。相続時に個別の評価は事実上困難だからなのか、固定資産税の評価が適正ではないと分かっていながら、割り切りでそれに頼るしかないのだと思います。が、相続の直前に増改築を行うと、話はちょっと違ってきます。国税庁がご丁寧にもHPを使ってこんな警告を発しているのです。
1.固定資産税の賦課期日ご存じのとおり、固定資産税はこちらが申告をしなくても、市町村が勝手に評価額を決めて課税してきます。この手の方法を賦課課税方式と言いますが、毎年1月1日現在の所有者に、その時点での状況で課税をすることになっています。
従って、建物については、相続時に付されているその年の固定資産税の評価額で計算を行うことになります。確かに原則的な考え方はこれでいいのですが、問題は必ずしも固定資産税の評価額では解決しない例もある事なのです。それが、建物の増改築を行った場合に、固定資産税の評価額に反映されていないケースです。
2.税務署が行う照会ある相続税の税務調査でのことです。相続開始の6ケ月前に、およそ1,700万円を掛けて自宅の改装を行っていた事案です。その改装の内容は、システムキッチンに1,200万円、台所の床工事に200万円、居間のフローリングと床暖房で300万円と言うものです。
そもそも何故こんな工事を行ったことが税務署に分かるかと言えば、普通預金の動きを税務署は事前に精査しているためです。このことは今回のテーマではないので、少しだけ触れておくに留めます。相続税の申告書を提出すると、その申告書から分かる範囲内の総ての金融機関に照会文書を発送するのです。残高は勿論のこと、普通預金の動きを職権で5~10年程度に遡って復元させています。それも被相続人だけではなく、相続人やその他申告書から分かる関係者総てについてなのです。
その照会文書の回答を検討し、不審な預金の動きがあれば、解明するために実際の調査に着手。調査に来た時点で、古い預金通帳を隠しても破棄しても、内容は先刻ご承知なのです。勿論、そんなことはおくびにも出さず、通帳の提示を求め、初めて支出の事実を知った"振り"をしてこれは何ですか、と質問するのですが…。
3.税務署の指摘と固定資産評価基準話は税務調査に戻ります。『相続直前に1,700万円もかけて自宅を改装している。支出額そのものとは言わないまでも、相応の価値の増加があるはずだ。その分の財産の計上がないのはおかしい。』と言う指摘をされたのです。
しかし、1.でも述べたように建物についての相続税の評価は固定資産税の評価額です。その評価額は相続後2度も賦課期日を経て、なお改築前と変更がないのです。感情論としては税務署の指摘も理解はできます。が、固定資産評価基準と言う評価方法についてのマニュアルの中に、家屋の建築設備の評価上の取り扱いについて、次のような規定がなされているのです。『家屋の所有者が所有する電気設備、給水設備、空調設備…等々で家屋に取り付けられ、家屋と構造上一体となって、家屋の効用を高めるものについては、家屋に含めて評価する』と。家屋に含めて評価した結果、評価額に変更がないのだから1,700万円については価値の増加はないと考えられるのです。
ただ、これで引き下がるほど税務署も甘くはありません。建物内部の改築なので固定資産税の係りが気付いていないだけだ、と主張。舞台は固定資産税の係りの判断に委ねられることになったのです。
4.固定資産税の評価を踏まえて果たして、固定資産税の担当者は、この手の改築は評価を変更する程のものではないとの回答。確かにシステムキッチンに関しては、金額的にも高額で資産価値の増大がない訳ではないのだろうと思いますが、考え方としては修繕費扱いだと言うのです。理論的には価値の増大は否定できないのでしょうが、実務としては、評価額の変更にまでは及ばないと言う考え方のようでした。
5.税務署の警告結果としては家屋の評価が変わらない以上、相続税への影響はありませんでした。しかし、こんな事案が多かったのか、先般11月1日付で国税庁のHPにこんなQ&Aが掲載されたのです。家屋の増改築後、評価額が改定されていないため、増改築にかかる状況を反映していない場合の取り扱いについてです。その回答は、減価償却を行った後の残額の70%相当額で計上すべきとのこと。実はこの考え方、以前からあったのですが、わざわざHPにまで掲載するのは警告と言うか脅かしと言うか…。相続直前の増改築は今後は要注意ですが、工事後どれ位の年月が経過していればいいのか、状況を反映していないとは具体的にはどんな事なのか、未だ不明点は山積しています。
2014年1月31日
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5259号
成年後見制度によらず、”信託”を活用すれば…
『成年後見制度』をご存知の方も多いと思います。認知症や知的障害、精神障害等によって正常な判断ができなくなった場合、成年後見人と言う援助者を選ぶことにより、ご本人を法律的に支援する制度です。制度自体はご本人の保護にとって有用です。が、実情は甚だ制限が多く、使い勝手が悪くお勧めできません。しかし、この制度によらず、今話題の"信託"を活用すれば、確実に同等以上の効果を得られるのです。
1.成年後見制度のデメリットこの制度を選択すると何が面倒かと言うと、被後見人保護の趣旨に反する一切の支出ができないことです。例えば、本人ではなく配偶者が介護の必要な状況になり、老人ホームに入居させようとしても、入居のための保証金や権利金等の支出はままなりません。相続税対策としてタワーマンションの購入などもってのほか。また、昨今の駐車場の利用率低迷を改善すべく、そこに賃貸物件を建設しようにも、とにかく本人の財産を減らすことは一切認められません。結果として収益性が増し、財産が増える可能性があっても、です。
後見人の候補者は申請者が申請しますが、最終的には家庭裁判所から選任されます。が、家庭裁判所によってその取扱いはかなり異なります。少なくとも霞が関の家裁では、身辺の介護をする"身上監護"は親族が選任されても、肝心の財産管理の部分はこちらの意に沿った身内や息のかかった弁護士を後見人とすることが認められません。家裁に登録されている弁護士等から、先方の都合で後見人が選任されてしまうのです。
2.大切なのは財産の運営・管理身辺の介護ももちろん確かに大切なのですが、将来の相続税を考えた場合には、財産の運営や管理をないがしろにする訳にはいきません。
上記の賃貸建物の建築のように、結果として収益性が増すことになったとしても、一度は建築資金として預貯金を取り崩し、又は負債を抱えることは許されないのです。地域の再開発や道路拡張等で土地等を売却しようにも、土地等の財産を減らすことになるので、それすらも認められない場合があるのです。
財産を処分し減らす行為が法律の趣旨に反することになってしまうためです。もっとも抜け穴もあって、以前ご相談を頂いたお客様には、駐車場に賃貸建物を建てる際、次のような工夫をして認められたこともあります。
本人名義で建物を建てるのではなく、親族が営む所有型法人に土地を貸すのです。賃貸建物自体はその法人名義で建築し、法人が支払う地代を従前の駐車場収入を上回るようにしたのです。こうすれば、本人の預貯金を減らすこともなく、負債を負わずに収入は確実に増えるため、後見制度の範囲内で建築することができるのです。
3."信託"を活用すれば…所有型法人の活用は別として、もっと根本的な解決策は"信託"です。ご本人の判断能力のある時点で、信頼できる親族や親族の主催する法人に全財産を信託するのです。信託銀行に財産を預ける商事信託ではなく、個人的に身内に対して行う民事信託のため、免許も登録も不要な誰でもできる信託です。
もちろん、信託するに当たっては、その目的や信託する財産を明示し、信託契約を結ぶことが必要です。その契約の中に財産の売却処分を含めた有効活用、相続税対策をも加えておけば、信託を受託した親族や法人は、本人に代わってほぼ全てのことが実行可能になります。
4.銀行が行う後見制度支援信託ここでご注意頂きたいのは、銀行が行っている'後見制度支援信託'と言うものとは違うという点です。これは前述の成年後見制度を前提とするものです。ご本人が銀行に財産を信託し、信託された金銭の中から後見人が管理する口座へ生活費等の定期的な交付を行う制度です。余剰の資金については金銭信託等で運用するようですが、家庭裁判所の指示書に基づいて行われるもので、民事信託とは全く別のものだと考えて下さい。
5.委託者=受益者が絶対条件!信託についての説明が若干前後してしまいますが、絶対に忘れてはならないことがあります。信託契約には、委託者(財産を預ける人)、受託者(その財産を預かる人)そして受益者(その信託財産から利益を享受する人)の3者が登場します。本来、その財産は委託者の物ですが、所有権自体は信託をすると受託者に移ります。そうでないと受託者が自分の名前でその財産を運用、処分することができないためです。
しかし、名義自体は変わっても、本来は委託者の財産であるため、委託者が死亡した場合、委託者が受益者と同じであれば、相続財産となります。しかも、財産の移転に際しても譲渡税や贈与税等の課税の対象とはならないのです。委託者=受益者を絶対条件として、後見制度によらず安心、確実な"信託"の積極的な活用を是非ご検討下さい。2013年12月26日
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5258号
実効税率と限界税率2
前号では、相続税対策として生前の贈与を活用する場合の"実効税率"の話を致しました。相続税の実効税率より低い税率の贈与であれば、結局は相続税より負担は少ないと言う考え方が一般的な議論である、と。
結論として、この議論は間違っている事を述べるのが、本日のテーマです。お手数ですが、今月に限り、前号ともう一度見比べながらご一読頂けますと幸甚です。
1.実効税率で贈与をしても…ここで、前号での相続税の実効税率と贈与税率との比較をもう一度簡単に復習します。相続財産が3億円、相続人1人であれば、相続税額は9,180万円。9,180万円÷3億円で相続税の実効税率は30.6%です。
2,200万円の贈与で贈与税の実効税率が30.7%ですので、この水準だと相続税と贈与税の税率がほぼ同じだと申し上げました。そのため、2,200万円までの贈与であれば、相続を待つより贈与の方があくまで"一見すると"お得です、と。
それでは、実際に相続財産の3億円から2,200万円を生前に贈与したとします。残った財産は2億7,800万円。基礎控除額3,600万円を引いて2億4,200万円が課税の対象です。この金額の場合の速算表(B表)を見てみると、3億円以下ですので、適用税率は贈与前と同じ45%で控除額が2,700万円です。つまり、相続時に適用される相続税の税率は変わっていないのです。
2.相続税への影響は"限界税率"ここでもう一度相続による取得分と税率の表(A表)を見てみましょう。生前の贈与で2,200万円を減らしたところで、適用される最も高い部分の税率、つまり限界税率は結局2億円を超え3億円以下の部分であるため、同じ45%なのです。
これはどんな事を意味しているのでしょうか。贈与した後も相続税の税率が45%のままであると言うことは、もっと贈与をしたら相続税の税率が下がるのではないか、と考えられるでしょう。相続税の限界税率が一段下がって、初めて相続税の節税効果が出たと言うことなのです。
3.限界税率を下げてこその効果つまり、前述の2,200万円の贈与を行っても、相続税率を下げて税額を減額させる余地が、未だ残されている事を意味するのです。と言うより、限界税率そのものを下げてこそ、初めて相続税の負担が下がるのではないのでしょうか。では、どれ位の贈与なら相続税の負担を減らすことになるのでしょう。
上記のケースで相続税の限界税率は45%です。これを別の視点、贈与税の視点から見てみると、贈与をした場合のその贈与税の実効税率が45%になるまでの贈与を行うことが可能だと言うことができるのではないのでしょうか。
贈与税の実効税率が45%になるのは、税額から逆算をすると、6,400万円の贈与と言う結果が得られます。つまり、前号で述べた2,200万円までの贈与ではなく、更に約3倍の6,400万円までの贈与がお得になると言う計算です。
4.限界税率での贈与の確認法結論から言えば、どれ位の金額の贈与なら相続税より有利になるかは、限界税率の幅にもより個別性が強いものとなっています。そこで、概ねの目安としては、相続税の実効税率ではなく限界税率のランクを下げる金額で判断する、と言うことになります。そして、最終的には下記の方法でそれを確認して頂くことで、贈与の効果を万全なものにし、安心することができます。更なる安心のためには、やはりATOへの相談でしょうか。
1 相続税額を算出する。 2 限界税率(A%)が適用されている部分の金額(B円)を求める。
→最大でB円までの贈与が本当に相続税よりもお得であることを確認するため3 B円を贈与した場合の贈与税額を算出する。 4 贈与税の実効税率(C%)を求める。 5 C%<A%であることを確認する。 2013年11月29日
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5257号
実効税率と限界税率
相続税の負担が重い場合、ATOでは将来に備え、生前に積極的に贈与を行いましょう、と言う提案をしばしば行います。確かに生前に財産を減らしておけば、相続税の負担は軽くなります。しかし、そこに立ちはだかるのが贈与税です。相続税より負担の軽い贈与を行えばいいのですが、その限界を見極めようと言うのが本日のテーマです。
1.累進税率の考え方相続税にしても贈与税にしても、税率は一つではありません。相続や贈与をする財産が大きくなれば、それに従って税率そのものが高くなっていきます。例えば、改正後の相続税では1,000万円まで10%、1,000万円超3,000万円以下15%、3,000万円超5,000万円以下20%と言う具合です。
これを累進税率と言って、財産の額によって納める税金の割合は漸増する仕組みになっているのです。財産を持てる者から沢山の税金を徴収して財産を減らし、税引き後の状態では持てない者に近付けて、社会全体を公平化、均一化していこうと言うのです。まさに資産家いじめですが、対抗策は贈与による財産減らしです。
2.速算表の考え方そこで、何の対策もせず坐して死を待った場合の相続税と、多少の贈与税と言う血は流した上で、財産を減らした場合との比較が必要になってきます。一般にはその税負担を考える場合、それを"実効税率"と言う考え方で判断をしています。上記1.の累進税率は、この金額からこの金額までの部分は○○%、と部分、部分により税率が異なって漸増するものでした。下のA表をご覧頂くとその仕組みがお分かり頂けると思います。
ただ、これでは金額が小さい場合はともかく、例えば5億円の計算をする場合、何段階もの計算をしなければならず、作業は煩雑です。そこで実務では、速算表と言って先ずは最も高い税率を適用し、その税率が適用されない低税率部分を予め計算して"控除額"として調整しているのです。
3.実効税率と贈与税さて、話は相続税と贈与税の損得ですが、簡単な例で検証してみましょう。先ずは相続財産が3億円、相続人は1人と言う前提です。改正後の基礎控除額は3,000万円+600万円で3,600万円のため、これを3億円から控除した2億6,400万円に相続税が課税される訳です。これをB表に当てはめて計算すると、税率は45%、控除額が2,700万円ですので、相続税額は9,180万円と算出されます。3億円の財産に対して9,180万円の相続税額であるため、9,180万円÷3億円=30.6%の負担となり、これが実効税率なのです。何の対策もせず相続を迎えた場合、この30.6%の税率が適用されるなら、これより低い贈与税の負担であれば、相続税が課税されるより結果として"得"をすると言うのが一般的な考え方なのです。
4.いくらの贈与までなら得なのか?それでは、いくらの贈与であればこれよりお得な贈与になるのでしょう。計算の詳細は割愛し、結論だけを申し上げれば、一見、2,200万円の贈与となりそうです。と言うのは、この金額の贈与で110万円の基礎控除額を控除し、C表の速算表に当てはめて計算してみます。2,200万円-110万円=2,090万円となるため、贈与税の税額は6,755,000円。贈与額の2,200万円に対して6,755,000円÷2,200万円=30.7%となり、3.で求めた相続税の30.6%とほぼ符合するからです。これが従来からある実効税率の考え方ですが、果たしてこれが真実かどうか、次号でこれの真偽を検証してみたいと思います。
2013年10月31日
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5256号
“行政指導”と言う名の税務調査?
税務署もかなりお忙しいようです。なりふり構わず『決算書(収支内訳書)の内容についてのお尋ね』を濫発し、修正申告を期待しているのです。
このお尋ねが、かなりの数のお客様のところに届いているようで。これは一体何ものなのでしょうか。しかも、面白い事に、"税務調査"ではないと言うのです。調査ではなくて、行政指導?
それでは早速、その疑問、ナゾを解き明かしていきましょう。
1.『決算書(収支内訳書)の内容についてのお尋ね』とは…7月に行われる税務署の定期異動の前後くらいからです。個人で不動産所得のある方に対して、このお尋ねがかなりの数の方宛に発送されているのです。税務署のお尋ねは、不動産所得の経費のうち、租税公課、修繕費、借入利子、減価償却費等々の内訳を回答しろと言うもの。支払先の名称や修繕の内容、物件の所在地、支払金額の欄に続き、ご丁寧にもその金額の内、経費に算入した額を記載しろと言うのです。支払った金額の内、経費に算入した金額は本当にそれでいいんですか?自宅部分が混入していませんか、税務署はそこを疑っているんですよ、と言うものなのです。
2.このお尋ねの注目すべき点はこのお尋ねの冒頭に、こんな文章が添えられています。『この"お尋ね"は調査として実施しているものではなく、行政指導としてお尋ねしているものです。なお、お尋ねに伴う自主的な見直しにより、修正申告書等が提出された場合については、加算税が免除されます』と。
これをご覧になって、直ぐにその意味がお分かりになった方は、ほとんどいらっしゃらないでしょう。相当に奥が深いのです。
通常、税務署が一般の方向けに質問する場合、それは質問検査権という職権に基づく税務調査なのです。しかし、これはわざわざ税務調査ではないと言っています。実は、ここがこの文書のミソなのです。
3.税務調査であれば平成23年度の税制改正で、国税通則法と言う法律の改正が行われ、税務調査のやり方がかなり変更されているのです。調査を実施するに当たっては、事前に調査の対象となる方と税理士の双方に、色々な項目を連絡しておかなければならないのです。具体的には、調査の日時や場所の他、目的、対象となる期間や帳簿書類等々、結構面倒な仕組みになっています。滅多やたらには、調査ができない仕組みなのです。
従って、今までのように、安易に軽い気持ちで経費の内訳を提出せよ、相手先を明示せよ、とは言えなくなってしまったのです。そうは言っても、少ない税務職員の数で、最大の調査結果を期待したいのが税務署の本音でしょう。
まして、このようなお尋ねが書面で来れば、一般の方はビックリです。脛に傷のある方は、筆者が見ただけでも相当数に上ることは間違いないのですから。
4.便利な"行政指導"そこで考え付いたのが、税務調査ではなく"行政指導"なのです。これなら調査の目的から始まって、対象となる期間だの帳簿だのと面倒なことは必要ありません。調査の対象となる方と税理士双方に連絡する必要もないのです。
つまり、お手軽に『税務署はあなたの申告内容、疑ってますよ!』と、軽いジャブを繰り出すことが可能なのです。"行政指導"とは、何と便利な言葉なのでしょう。
5.便利さの代わりに失ったもの税務署だって、これで総てが円満に解決できた訳ではありません。調査でないと言い切ったからには、修正申告が提出された場合にも、『加算税』と言うペナルティーが課せられないのです。
通常、税務署に『あなたの申告内容疑っていますから、内訳を教えて下さい。』と言われるのは、既に述べたように、質問検査権と言う権力の発動なのです。従って、税務署に言われて修正申告を提出すれば、調査に基づく修正申告になる訳で、ペナルティーが課されるのが自然な道理。
しかし、です。その修正申告は納税する方が、税務署から言われたからではなく、自らの意思で、良心や善意から湧き出た感情で申告内容を訂正した物なのです。だからこそ、ペナルティーは無し。
6.損得勘定で考えれば…はっきり言って、税務署は損得勘定で考えたのでしょう。このようなお尋ねは、実は以前から行われていたのです。大口資産家と言われる高額な不動産所得の方を除き、自宅と小さなアパートだけの方を相手に、わざわざ税務調査を行う程、税務署は暇でもないし、第一人数不足なのです。調査は行い難くなる、人員は不足する、不動産所得の調査までやっていられない、そんな諸般の状況を考えれば、ペナルティーは諦めよう。但し、少しでも脛に傷ある人から修正申告を取ってやろう。と、これは筆者のうがった思い込みでしょうか?
2013年9月30日
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5255号
こんな複雑な税法に誰がした!
税法と言う法律、所得税も法人税も基本的にはそれぞれに個別の思想や背景があり、それに基づいて規定が作られています。しかし、中には他の税目の規定をそのまま利用して法律にしてしまうこともあるのです。その場合、当然ですが両方の法律と規定をよく理解していないと、思わぬ落とし穴にはまることもあるようで…。
1.借用概念、借用規定例えば、簡単な例をあげれば、相続税法と言う法律の中で、建物の評価についてです。相続財産の評価については、国税庁が『財産評価基本通達』と言うマニュアルを用意し、これに基づいて計算するのが一般的な実務です。その中で、建物については、相続税法独自の評価方法を定めてはいないのです。結論を言えば、固定資産税の評価額を基本とし、それを自分だけで使用しているか、他人に賃貸借の形で利用させているか、で評価に差を付けているに過ぎません。基本的には固定資産税の評価の考え方に頼っているのです。
他にも、取引相場のない中小企業等の会社の株式評価を行うに当たり、"同族株主"の考え方は法人税法の規定を借用したりと色々です。
2. 贈与税の住宅資金贈与にも非課税規定さて、贈与税には父母又は祖父母から、子又は孫へ住宅資金の贈与をした場合、非課税の特例が用意されています。その限度額は一定の省エネ耐震住宅なら24年中で1,500万円、25年中は1,200万円、26年の贈与なら1,000万円です。上記以外の住宅でも、24年、25年、26年でそれぞれ、1,000万円、700万円、500万円までの金額なら、贈与税の課税はありません。厳密に言うと、この金額に加えて、暦に基く1年を単位として計算する通常の贈与の場合には、110万円の基礎控除が用意されています。そのため、上記それぞれの金額+110万円までの贈与が非課税となる訳です。
さて、この規定、そもそもの趣旨は、財産を持っている高齢者から、無税で資金を若い世代へシフトさせ、住宅取得を通じて経済を活性化させる事がその狙いです。贈与を受ける側の若い子や孫世代は、一般論としてはお金を持っていないため、住宅取得に際してこのような贈与を受けられれば、有り難いことこの上ないはずです。
しかし、これらの若年層が総てお金を持っていない訳ではありません。職業や職種によっては、若くても贈与を受けずに十分資金的な余裕がある方もいるのです。そう言う方に対する税務職員のひがみもあるのか、所得を2,000万円で線引きし、それを超える場合には、この贈与税の非課税規定は使わせない、との厳しい態度で臨んでいます。
話はもともと贈与なのですが、その中に所得税法に規定する"所得金額"の考え方を持ち込んでいるのです。実はそれが右記のような、悲惨なケースを生み出してしまったのですが…。
3.所得税法2条1項30号の合計所得金額上記で所得2,000万円と簡単に書きましたが、税法はこの辺のところが実に厳密、巧妙、複雑にできているのです。一般の世の中では収入も所得も区別はしていないのですが、同じ所得でも所得税の世界では、総所得金額、合計所得金額、課税所得金額等々それはそれは大変な峻別を設けています。で、問題は住宅資金の贈与が所得税法2条1項30号の『合計所得金額』と言う考え方で、この規定での所得金額が2,000万円を超えるか否かで天国と地獄の分かれ道になるのです。
4.具体的な事例上記の非課税での贈与を申告した方から、申告後に御相談を受けたのです。どんな事例かと言うと、所得税の申告を依頼した税理士に、この贈与の申告も依頼したそうです。因みにATOではありません。所得金額が2,000万円以下である事が条件であることは教えてくれたそうですが、その税理士も詳細は詳しくないので、業務としては引き受けなかったとか。そこで、そのお客様はご自身で必要書類を調べた上で贈与税を申告。その結果、税務署から指摘があり、合計所得が2,000万円を超えているので、贈与税は非課税にならず、約470万円の税額の修正申告を求められ、ATOに何とか助けてくれと言うのです。
5.合計所得金額とは実は、このお客様、申告書を拝見すると確かに給与所得の金額は1,600万円なので2,000万円以下。適用がありそうなのです。が、他に源泉徴収口座での株式の売却益600万円があり、前年の株の繰越損失800万円と通算して、今年分としては株式売買による所得はありません。しかし、この合計所得金額、株の繰越損失を利用するため申告してしまった場合には、売却益600万円を加算して判断する金額なのです。繰越損失との通算などとケチらずに、源泉分離のままにしておけば問題はなかったのです。結論として救済策はありません。こんな複雑な税法を作った国を怨むべきか、はたまたケチった事が悪かったのか…。それとも、税理士のために税法をわざわざ難解にでもしてあるのでしょうか?
2013年8月30日
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5254号
親族間の貸借は要注意!
親子間でお金の貸し借りをする。親しい仲だし、特に利息は付さない。よくある話ですし、それはそれで結構ですが、問題は税務上の取り扱いです。
本当に返済するのか、それ以前に返済する気持ちと言うか予定があるのか。更に言えば、返済できるだけの経済力があるのか。親子間の貸し借りは、時によっては贈与税が課税され、場合によっては債権債務自体が認められないことも…。
1. 税務署の基本的な考え方親族間の取引や金銭の貸し借りについて、税務署は基本的に疑いの目で見ています。親族間のことだ、どうせいい加減なことをやっている、と思っているのです。まあ、確かに現実にはそう言うことも多いので、税務署に疑いの目で見られても、文句を言えた義理ではないかも知れません。
つまり、特に親子間の金銭の貸し借りは、形式的には貸借でも、経済的な利益があり、ズバリ"贈与"だと睨んでいるのです。
2.最後の決め手は実態と返済能力上記のような税務署の目を払拭し、上手くやりたいと思うのが税金を納める側の心理です。そのため、先ずは金銭消費貸借契約書を作成。返済条件、返済期日を記載して実印で押印。ご丁寧にそれを、公正証書にまでするかも知れません。そして返済事実を税務署に説明のため、毎月子は親の銀行口座へ振り込みまですれば、これで完璧でしょうか。その答えは、しないより、した方がいいでしょうと言う程度です。これで完璧などと言うことはないからです。書面を作成してもしなくても、真実の返済の有無が最も大切なのです。"真実の"とは、形だけ整えて、振り込みの直後に親が引出して子に戻すと言う事ではいけません。文字通り実際に返済すると言う意味です。税務署は預金口座の動きまで確認します。体裁だけ繕って税務署を欺こうなど、決して考えてはいけないのです。
例えば毎月の手取り収入が25万円の子が住宅ローンを組み、銀行ローンと親への返済合計が20万円と言う事態があれば、毎月5万円で生活をしなければなりません。これでは現実の生活は成り立つはずもなく、税務署は親への返済を疑ってかかるのです。つまり、返済能力こそが税務署にとって、最も重要な確認事項なのです。
3.借入金は負の財産子が親から借りるのではなく、逆に親が子から借り入れる場合はどうでしょう。子の方が親よりお金を持っていることだって勿論ある訳で、それ自体が問題ではなく、この場合も真実の返済や贈与の有無だけが税務上問題になるだけです。
そうではなく、親が子より預金を含めた資産があり、資金的に困窮していないのに子から借り入れることが想定されるでしょうか。多額の借り入れであれば、それだけで税務署に??と思われる可能性があります。何故でしょう。借財を作ることは負の財産となり、相続税対策を疑われるためです。無論、何かの事情で一時的に親が子から借りることがあっても不思議はありません。そうではなく、そもそも論として、このケースでは親が子から借り入れる必要性がないためです。税務では、法律の文言も大切ですが、もっと大切なのは常識論、必然性、経済合理性なのです。"形だけ整える"は限りなく黒に近いのです。
4.裁決事例が教える教訓税金の世界では、原則として裁判の前に国税不服審判所と言う黒白を判定する機関があり、そこでの判断結果を裁決と言います。その裁決における上記借入れについての考え方は以下の通りです。相続税法上の債務として認められるための条件として、(1)相続時に被相続人の債務として現に存在し(2)被相続人が負担すべき金額で確実なもの、の2点を上げています。更にこの確実な債務を極々簡単に言えば、(a)債権者に債務の履行を求める意思が客観的に認識できること、又は(b)債務者がその借入れをするに至った経緯等を考えた時に、法律論及び常識論として返済を行う事が義務付けられていること、と言っています。
親族間の貸し借りについては、返済を求める意思が客観的に認められないことが多いのです。つまり、ある時払いの催促無しは贈与。"いつもニコニコ現金払い"を税務署は期待しているのです。
5.建物の価値は何処にあるのか?親族間、親子間の貸し借りは、何もお金ばかりではありません。親の土地や建物を子に貸す事もよくある話。事実上の貸借についてもお金の場合と税務の考え方は基本的には同じです。タダで貸せば経済的な利益がある訳で、本来は課税の対象です。実際、かつては借地権の設定に際し、都市部のような権利金の支払慣行がある地域においては、権利金相当の支払がなければ相応分の利益を受けたとして、贈与税が課税されていました。
現在は庭先に子の建物を子に建てさせ、権利金など貰わなくても贈与税の課税はありません。賃貸マンションを子のためにタダで貸しても同様です。ただ、相続税の評価にあたり評価減がないだけで、それを狙った賃貸借の仮装は許されません。2013年7月31日