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COLUMN
原則として月に一度、
代表 高木康裕が自身で執筆しております。
お客様の立場に立って、
新たな税務の情報や事例をご紹介。
辛口で税務の現場のナマの姿をお伝えして参ります!
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5354号
生命保険の勧誘!その内容で大丈夫?
多くの方はなんらかの生命保険に加入していることでしょう。税金対策としても活用されている生命保険、営業担当者から言われるがままに加入をしたことは無いでしょうか?最近は保険のプロでも無い、金融機関の担当者が勧めることが多くなったように感じます。彼らは説明不足の場合もあります。安易に加入して痛い目を見ないように。
1.節税に利用されてきた生命保険最もポピュラーな使い方は、相続税の非課税枠を利用するために生命保険を活用することではないでしょうか。ご存知の通り、相続税の計算では「500万円×法定相続人の数」だけ相続税が非課税になります。相続人が3名であれば1500万円が非課税になるということです。預金で所有していれば、そっくりそのまま相続税の対象になるところ、生命保険にすれば税金の対象外にできるわけです。もし加入していないのであれば、一時払の終身保険に加入しない手はないでしょう。ポイントは、相続はいつ発生するか分からないため終身保険にしておくということです。たまに養老保険はあるが終身保険は無いという方を見かけます。年齢が90歳前後までは加入ができる保険商品もあるため、もし無いのであれば見直しのチャンスです。
2.暦年課税贈与のための保険暦年課税贈与を効率的に利用するための保険があります。比較的新しい商品のためご存知でない方も多いようですが、仕組みは簡単です。生存給付金付保険といい、毎年決められた人に決まった金額を支払う内容の保険です。
契約者・被保険者・・・甲
生存給付金受取人・・・乙(甲の孫、10年間)
死亡保険金受取人・・・丙(相続人)上記内容の保険に加入したとしましょう。甲は一時払保険料として1000万円を支払います。年に1回決められた時期に乙は生存給付金を受け取ります。給付金の支払いは10年間で、合計10回です。1回あたりの給付金は100万円程になる算段です。もし、途中で甲が亡くなった場合には、残額相当が死亡保険金として丙に支払われ、相続税の非課税枠を利用できます。もちろん死亡保険金の受取人を乙にしても結構です。
この保険の最大の利用目的ですが、それはズバリ暦年贈与を自動化することにあります。贈与は、あげましょう、もらいましょう、という双方の合意によって成り立つのが原則です。したがって毎年その都度、贈与契約をしなくてはなりません。もし甲が認知症になってしまうと贈与をすることは出来なくなります。しかし、この生存給付金付保険を利用すれば、毎年の贈与契約は不必要です。甲が生存している限り暦年贈与が自動的に行われるのです。税務上は、生存給付金はみなし贈与として取り扱われているからです。
3.非課税枠はあくまで年間110万円!先ほどの例のように、生存給付金が100万円程度であれば贈与税の申告は必要ありません。暦年課税贈与では110万円の基礎控除があるからです。では、生存給付金がもっと大きい金額の場合はどうでしょう。当然ではありますが、贈与申告をして贈与税を支払う必要があります。ところが、申告をしていなかった方がいらしたのです。この方は銀行の担当者から勧誘されて保険に加入しました。担当者からは、この商品に入れば一時払保険料相当は実質非課税になるので放っておけば良いと説明を受けたそうです。なるほど、確かに生存給付金が110万円以下であればその通りです。しかし、この方の生存給付金はなんと年500万円程だったのです。想像ですが、おそらく銀行の営業担当者は、モデルケースとして110万円に設定した生存給付金の商品を勉強したものの、仕組みを理解していなかったのかも知れません。実質非課税というキーワードだけが頭に残っていたのでしょう。そして、多額の預金をしていたお客様に対して、一時払保険料を5000万円に設定して勧めたという訳です。
4.加入前にはご相談をこのお客様、弊社は確定申告のみの業務で通帳をお預かりすることもなかったため、この事に気づいたのは加入してから2年程が経過した時点でした。そういえば保険に入ったという話を受けて発覚したのでした。当然、すぐに贈与税の期限後申告書を提出しましたが、ペナルティとして加算税や延滞税が課され、高い勉強代を支払う羽目に。税務や保険のプロでも無い銀行の担当者の一言が原因です。しかも、銀行ですので担当者はすぐに異動します。文句はなかったとしても、経緯や詳細を後から聞くことが難しいのが現実。ここで重要なことは、銀行経由で保険に加入したことではありません。保険加入前後のケアをしていなかったことが問題なのです。自分が加入している保険は全てご存知でしょうか。保険内容を整理して、現況を適宜見直すことが大事なのです。手前味噌ですが、ATOでは保険状況の整理も行います。検討の際には税務の事も気にして是非ともご相談を。
2021年11月30日
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5353号
いまこそ暦年課税贈与
贈与税は基礎控除が110万円あるため、この金額までは税金が生じず実質非課税のようなものです。そして、この基礎控除110万円の計算を利用した贈与の事を、一般的には暦年課税贈与といいます。この暦年課税贈与、最近ちらほらと制度が無くなりそうだという噂が流れていますが、真相はいかほどでしょう。
1.贈与に対する課税制度個人間の贈与に対する課税制度には、(1)暦年課税贈与と(2)相続時精算課税贈与の2つの方法があります。暦年課税贈与は1月1日から12月31日までの1年間の贈与、これを暦年贈与といいますが、この間に贈与を受けた金額を合計して税額計算する方法です。それぞれの年ごとに税の精算をするため、贈与した金額は1年ごとに切り離されていくようなイメージでしょうか。これに対して相続時精算課税贈与は、生前贈与分を相続時に取り込み合算して相続税を計算するものです。そのため、相続税と贈与税を一本化した制度であり、生前贈与によって切り離しをすることはできません。また、相続とセットで考えるため、贈与を行う人と受ける人ごとにこの制度を利用するかどうかを選択します。なお、相続時精算課税贈与を1回でも選択してしまうと、その贈与者からの贈与について暦年課税贈与を利用することができなくなりますので注意しましょう。
2.税制改正の動向このように贈与についての課税制度を見比べてみると、相続財産を減らすという側面では、暦年課税贈与が優れているわけです。
ところが、この暦年課税贈与を利用して富裕層が相続税の負担を回避していることが問題視されており、メスが入りそうです。令和3年度の税制改正大綱では、「諸外国の制度を参考にしつつ、相続税と贈与税をより一体的に捉えて・・・中立的な税制の構築に向けて本格的な検討を進める」とされています。ちなみに、この話題は前々から言われており、何も令和3年度に始まったものではありません。令和2年度の大綱にも似たような記述があります。いずれにしても、見直しの検討をしているということです。
3.諸外国はどうなっている?諸外国の制度は実際にはどのようになっているのでしょう。
アメリカでは、遺産税と言って被相続人の遺産全体を対象にしており、生前贈与は全て相続時に取り込まれます。生前贈与による切り離しができないため、完全なる相続時精算課税制度という感じでしょうか。とても厳しく見えるのですが実はカラクリがあり、基礎控除がなんと約10億円あります。そういう意味では、基礎控除が3000万円程度の日本と単純に比較するのはナンセンスなのだと分かるでしょう。ドイツやフランスはどうでしょう。日本では、暦年課税贈与であっても相続開始前の3年間は相続税に合算されます。これに対して生前贈与の合算対象は、ドイツは10年、フランスは15年となっています。これらからすると、すぐに暦年課税贈与を無くすのではなく、まずは生前贈与の合算対象とする年数を伸ばすのが現実的な落としどころではないでしょうか。個人的な予想ですが、暦年贈与の相続税への合算年数を5~10年程へと延長させるのではと思うところです。
4.暦年課税贈与を活用しよう生前贈与を行って財産を切り離し、相続財産を減少させることができるのが暦年課税贈与です。見直しの検討がされているとはいえ、現時点ではお手軽に利用することができる制度です。毎年使うことができますので、複数人を対象に、かつ何年間も続ければ、その効果は雪だるま式に増えていくことでしょう。
そして、暦年課税贈与を利用するのであれば、あとで税務署から疑義を持たれないように、贈与の事実をしっかりと残しておくことがポイントです。金銭であれば贈与先へ振り込みを行って、その事実を残しましょう。当然ですが、贈与を受ければそれは受けた人のお金です。その通帳は自分で管理するようにして下さい。たまに、贈与者が振込先通帳を管理していることがありますが、これでは税務署から贈与の事実自体に疑いを持たれてしまいます。あくまで自分のものは自分で管理をするということです。また、できれば贈与契約書を作成しておくのが後々のトラブル回避にもつながります。
5.相続税を意識すればお得になる!相続税は累進税率を採用しており、相続財産が多ければ多いほど適用される税率が高くなります。例えば、相続税に適用される税率が40%まで達している方がいるとしましょう。相続税を減らしたいのであれば、この40%より低い贈与税率となるように暦年課税贈与を利用すれば良い訳です。相続税の試算を行って、適用される税率をしっかりと予想したうえで、暦年贈与を行う、これが賢い活用方法です。
6.いまからでも遅くないさてさて、暦年課税贈与が改正されるとしてもそれは数年先かもしれません。また、マイナンバーも普及半ばである現実を考えると、改正内容は生前贈与の合算年数を延長させる程度ではないでしょうか。詳細はそのときにならなければ分かりませんが、いまメリットがある方は暦年課税贈与を利用して損があることはありません。
まだ利用していない方は、考える良いきっかけでしょう。暦年課税贈与の肝は、「ご利用は計画的に」です。2021年10月29日
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5352号
とりあえず延納の活用
みなさまもご存知のとおり、相続税は被相続人が亡くなってから10か月以内に申告する必要があります。そして、税金が発生するのであれば納税は原則として現金です。しかし、期日までに現金で納めることが難しいことだってあり得ます。理由は様々でしょうが、そのような場合には、とりあえず延納のご利用はいかがでしょう。
1.納期限までに手続き相続税の納期限は申告期限と同じく、被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です。例えば、9月10日に死亡したのであれば、翌年の7月10日が期限になります。税金は現金一括納付が原則ですが、財産税である相続税に関しては、延納や物納といった方法も用意されています。
延納とはいわゆる分割払いのことで、最長20年間の分割ができます。物納は相続した財産そのものを納税に充てることです。なお、延納や物納を利用したいのであれば、税務署にあらかじめ申請書を提出して、審査を受ける必要があります。そして、適正なものだと認められ許可を受けることで、晴れて利用できるようになるのです。
この申請ですが、納期限までに手続きをする必要があります。期限間際になってバタバタと慌てないように、早めに備えておくことが肝要です。
2.とりあえずの延納申請相続財産は不動産が主なもので、思ったよりも現預金などの金融資産が少ないケースも多いことでしょう。納税のために不動産の売却を計画していたとしても、納期限までに現金化が間に合わない場合もあります。もし、納期限までに納税が出来ない場合には延滞税が課されてしまいます。令和3年の延滞税の割合は、2か月間は年2.5%、その後は年8.8%という非常に高い金利です。したがって、これは何としても避けたいものです。金融機関では相続税納税のための融資も用意されてはいますが、そんなときこそ延納を考えてみるべきです。特に、納期限の数か月後にはお金が用意できる算段があるのであれば、まずは延納申請を行いましょう。
延納申請をした場合の金利は、上記の延滞税に比べとても低くなっています。相続財産によって適用金利は異なるのですが、延納が認められれば、その対象が不動産の場合は年0.4%程度になります。また、延納の許可を受けられなかったとしても、その間の金利は年1%です。
ここで重要なのは、延納が認められなかったとしても、延納申請をしておくと年1%になるということです。
3.手続きは最長6か月の延長可能延納とは、国に借金をするのと同じことですので、申請時には担保提供が必要になります。担保提供にあたっては用意すべき書類があり、例えば不動産を担保にする場合には、相続登記後の登記事項証明書が必要です。これらの書類の提出期限は原則として納期限と一緒なのですが、最長で6か月間延長することができます。
そして、実務的に重要なポイントは、特に延長理由を説明する必要が無いということです。登記事項証明書が提出できないので延長したいと申請しさえすれば、最長6か月間納税を遅らせることが可能になります。
つまり、年1%の金利負担が安いと感じるのであれば、延納許可を受けるつもりが無かったとしてもとりあえず延納を申請し、一時的に納期限を遅らせることが認められるのです。
4.売却予定地でも延納申請が可能それでは具体的に考えてみましょう。相続税納税のために、相続財産である土地を売却して現金を用意する予定があったとします。しかし、引渡しの期日は申告期限から3か月後のため現金の用意が間に合いません。また、担保価値のあるものは売却予定土地しかないため、現実に担保設定をすることもできません。
このような場合、とりあえず延納が効果を発揮するのです。延納申請時には担保提供書類が揃わないということで3か月間の延長をします。延長期間中は担保設定の必要が無いので、その間に土地を売却します。無事に決済できれば延納申請を取り下げて納税を済ませます。その間の金利は年1%です。もしも売却がうまく行かなかったときは、それはそれで延納許可を受けられるように動けば良いだけです。期間は最長でも6か月間、これを忘れずに!
5.小規模宅地等にも活用?小規模宅地等の対象地を売却する場合に応用できるかもしれません。小規模宅地等を適用するには、その土地を申告期限まで保有しておく必要があるため、納期限前の売却ができません。したがって、売却・換金化にはそぐわない土地です。ですが、とりあえず延納を組み合わせたらどうなるでしょう。小規模宅地等の特例を適用しつつ、納税資金に充てることだってできるかもしれません。ただし、その気持ちは心の中だけに閉まっておくのが大人の対応。真意はどうであれ、税務署にはあくまで心証良く、誠意をみせるのがミソです。
2021年9月30日
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5351号
遺言の活用法を考えてみよう
相続では、通常は遺産分割協議という話し合いを行って財産の分け方を決めます。ただし、遺言がある場合には遺言に従って行いますので、分割協議を行う必要がなくなります。遺言を上手に活用すれば、話し合いで決めるのが難しいことも実現できることでしょう。
1.公正証書遺言が間違いない遺言にはいくつかの種類があります。一般的には、自筆証書遺言、公正証書遺言の2種類を知っておけば良いでしょう。自筆証書遺言は、財産目録部分をパソコン等で作成することができるようになりましたが、本文そのものは自筆でなくてはいけません。また、通常は自宅で保管することから紛失の可能性があったのですが、新たに法務局で保管する制度が出来ました。これを利用すれば、紛失や破棄などの心配が無くなる事でしょう。しかしながら、遺言書を作成するのであればやはり公正証書遺言がベストです。公正証書遺言は費用が掛かるから、という理由だけで選択しないのであればとても残念です。公証人がその内容をチェックしてくれることから、法律上の不備が無いものが仕上がるという大きなメリットがあります。また、自筆証書遺言の場合は、本当に本人の意思なのか?というような疑念の目や、遺言の有効性について争いが生じるケースもあります。ところが、公正証書遺言であれば実務的にはそのようなことは生じません。安心を買ったと思えば作成費用は安いものです。
2.まずは遺留分割合を把握遺言書を作成するのであれば、まずは遺留分を把握しましょう。遺留分とは、相続財産に対する相続人の最低限の権利のことです。遺留分の割合は、通常は相続財産全体の2分の1になります。そして、相続人が複数いればこれを民法の相続割合で按分することになっています。たとえば、相続人が妻と子2人であれば、妻は1/2×1/2=1/4、子は各々1/2×1/4=1/8が最低限の権利というわけです。
なお、この権利を侵した遺言とすることは自由ですが、権利を侵された相続人は遺留分に満たない分の財産相当額を他の相続人に請求することができます。これを遺留分侵害額請求といいます。したがって、トラブルが生じないようにするためには、できれば遺留分に配慮した遺言書を作成することがポイントです。ちなみに、相続人でも兄弟姉妹は遺留分がないので、配慮しないで大丈夫です。
3.養子が増えると遺留分が減る遺留分は相続人が複数いれば相続割合で分けて計算します。ということは、相続人が増えると1人あたりの遺留分割合が少なくなるということです。配偶者の相続割合を下げることはできませんが、子の相続割合は減少します。なぜなら子どもの数は増えるからです。子からすれば、兄弟が増えれば相続割合が少なくなるのです。
これは実子に限った話ではありません。法律上は同じ権利を持っているのですから、養子を取るとその分遺留分が減少します。養子の数が増えるほど、子の遺留分は減少していくので遺言書が書きやすくなるかもしれません。言うまでも無いですが、だからといって、悪意をもって養子を活用するのはダメですが、、、
4.「相続させる遺言」は放棄できない相続人に財産を承継させる場合、遺言の表記としては〇〇を相続させると記載するはずです。相続させるとした方が、手続的にメリットが多いのでこのように記載するのですが、これには1つ注意点があります。
遺言があっても、相続人全員の合意があれば実務的には遺言を利用せずに遺産分割協議を行うことが可能です。ただし、あくまで相続人全員の合意があればです。A土地を長男へ、B土地を次男へ相続させるとした遺言があったとしましょう。ここで次男はB土地を相続したくないと思いましたが、長男は遺言に不満がないため同意をしませんでした。そうすると次男はどうなるでしょうか。
なんと、遺言が活かされるため、次男はB土地を相続しないという選択肢を取れません。B土地を本当に相続したくないのであれば、相続放棄をするしかなくなります。でも相続放棄をしてしまうと、その他の財産も一切相続できなくなってしまいます。B土地を相続するのか、全てを捨てて相続放棄をするのか悩ましいところです。もしも、B土地が不良財産だとしたら、、、相続放棄の選択をせまる遺言ができるかもしれません。
5.寄与分対応として活用すべき日々の生活の世話や介護など、ご自身の身の回りの面倒を見てきた相続人に配慮したいのであれば、積極的に遺言の活用を考えましょう。法律上は寄与分というものが用意されてはいますが、金額的に認められるのは実際には少額です。そもそも、相続人同士で仲良く寄与分の話をして、その貢献割合を決めることなど現実には難しいでしょう。他の相続人よりも多く相続させたい気持ちがあるのであれば、遺言を活用しましょう。遺留分を満たした遺言書があれば実現させることが可能なのです。
なによりも仲の良い家族関係を継続するのが一番。上手に使ってトラブル回避に活用しましょう。遺言を活かすも殺すもあなた次第です。2021年8月31日
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5350号
配偶者居住権のトリセツ
民法改正により新たに配偶者居住権という制度ができました。令和2年4月からの施行のため、記憶に新しいこともあり、ご存知の方も多いことでしょう。
令和3年に入り、施行から1年以上が経過しましたが、まだまだ運用は始まったばかり。上手に使えば節税にもなりそうですが、うまい話ばかりとは限りません。今一度、取扱方法の確認をしてみましょう。
1.配偶者居住権のおさらい配偶者居住権とは、「夫または妻が亡くなった後も、遺された配偶者が自宅に、終身又は一定の期間、住み続けることができる権利」のことをいいます。配偶者が前提ですので、夫婦のための制度になります。ちなみに、戸籍上の婚姻関係が必要なため、内縁の妻などの事実婚状態の方は対象外です。たとえ別居していたとしても配偶者の地位さえあれば大丈夫ですが、籍が入っていない方はアウトです。夫婦愛がどんなにあっても籍が一緒でなければ一切認めてくれない、これがこの国の厳しいルールなのです。
この制度、簡単にいえば、配偶者が自宅の所有権を相続しなくても、住める権利を特別に設定できるようにしたもの。極論、自宅は居住さえできれば良いのですから、わざわざ自宅そのものを所有する必要がないということです。
そこで、所有権とは別に、配偶者が生きている期間を上限に居住できる権利を設定できるようにしたというわけです。ただ、有期の場合は期間経過後のことを考えなければならないので、現実的な対応としては終身になることが多いことでしょう。
2.設定方法に注意しよう配偶者居住権は法定の権利、つまり法律で定められた権利です。そのため設定方法が決まっており、次の3つとなっています。
(1) 遺産分割による取得
(2) 遺贈による取得(死因贈与を含む)
(3) 家庭裁判所の審判による取得
一般的には(1)か(2)のいずれかになるでしょう。ここで、(2)の遺贈による取得を選択するときに、とても大事な注意事項があります。遺贈、すなわち遺言によって設定するのですが、文言には注意して下さい。遺言では通常「〇〇を相続させる」というように書きますが、配偶者居住権にこのフレーズを利用してはダメです。
あくまで、遺贈に限られますので、「配偶者居住権を遺贈する」と書きましょう。公正証書遺言では公証人が文面チェックをしてくれますが、自筆証書遺言ではそうはいきません。公証人手数料をケチって水の泡とならないように!
3.相続税の節税になる?配偶者居住権を設定すると、二次相続の対象財産が少なくなります。
例えば、夫に相続が発生し、相続税評価額1億円の自宅の土地建物を妻が相続するとします。この場合、妻が相続した自宅1億円は、二次相続時も相続財産です。
次に、自宅は長男が相続し、妻が配偶者居住権を設定するケースを考えます。配偶者居住権は不動産そのものではないので、評価額は1億円より少なくなり、ここではその評価額を6千万円としましょう。すると、差額の4千万円、これが所有権としての自宅評価額となり、長男が相続します。一次相続時の財産は先ほどと同じく、合計1億円が相続対象です。
それでは二次相続時はどうでしょう。妻の配偶者居住権は死亡により消滅しますので、6千万円は消えて無くなり相続対象になりません。自宅は二次相続の対象から外れるということです。
つまり、配偶者居住権を設定すれば、一次相続で長男は土地建物を低い評価額で相続できることになります。
4.現実にはトラブルの種になるかも?配偶者居住権は売却することができません。そのため、換金価値がない権利になります。老人ホームへの入居のために売りたいと思ってもお金にすることはできません。
なお、土地建物の所有者が売却に賛同していれば換金できる可能性があります。配偶者居住権を消滅させた後に所有者が売却を行い、配偶者には消滅の対価を渡すことにするのです。ただし、これは仲が良いことが前提なのは言わずもがな。配偶者だけではどうにもなりません。
ケースとしては、先妻の子と後妻がいる場合にも活用できると想定しているようですが、必ずしも仲が良いとは限りません。揉め事の種にならなければ良いなと、余計な心配をしてしまいます。
また、配偶者よりも先に自宅の所有者が亡くなってしまう事だってあり得ます。配偶者居住権はまだ消滅していませんので、孫世代は制限付きの不動産を相続して税金を支払います。果たして納得できるかどうか。
5.家族円満が一番法律的には、自宅の固定資産税相当額は配偶者が負担することになっていますが、納税通知書は所有者宛に届きます。年老いた配偶者が負担してくれるのは円満な家族間が前提、これが現実でしょう。
家族間の円満な相続はどれだけ仲が良いのか、結局は人と人とのコミュニケーション、これに尽きるのです。2021年7月30日
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5349号
上場会社でさえも中小企業
最近は、大企業が資本金を減少させて1億円にするというニュースをよく見かけます。税務のルールでは、会社の資本金が1億円以下になると中小企業扱い(正確には中小法人)となります。たとえそれが上場会社であってもです。
資本金を減少させる手続きである減資、この制度を利用(悪用?)して税務メリットを享受しようという目論見なのでしょう。
1. 背に腹は代えられない世界に大きな影響を与えている新型コロナウイルス感染症によって、多くの会社がダメージを受けています。旅行関連業界や飲食業界は影響が特に大きく、大幅な売上減となっているところも多いことでしょう。
このような状況から、税負担の軽減を図るために、大企業であってもプライドを捨てた減資を行って中小法人になるところが増えています。名の知れた大企業には非上場のところもありますが、この減資は上場会社でもさかんに行われているようです。
新聞報道によると、2020年に資本金を1億円以下へと減資を行った会社は、上場会社だけでも16社に上がっているとのこと。2021年も引き続き減資を表明する会社が続出しており、有名どころでは、カッパ・クリエイトやチムニー、JTB(非上場)などです。
背に腹は代えられないとは言いますが、メンツはさておき、大企業の減資ブームが到来しているようです。
2.シャープのときは大反対だったはず少し前のことになりますが、シャープの減資騒ぎを覚えておりますでしょうか。経営再建中であったシャープは、中小法人に対する税務上の恩恵を得るべく、2015年に1億円への減資を試みました。結果はどうだったでしょうか。
税務上の中小法人になるためだけに減資を行うなどけしからんと、マスコミの報道を皮切りに世間的にも大問題となり、結局は減資を行えずに断念をしたのでした。
では、今はどうなのでしょうか。対外的に発表している理由はどうあれ、大企業が行う減資の真意はシャープのときと何ら変わっていないはず。コロナ禍だからこその免罪符なのでしょうか?時が変われば見方も変わってきたということです。
3.中小法人になったときの恩恵それでは、資本金を1億円にするとどのような恩恵があるのでしょうか。まず挙げられるものとしては、法人税の軽減税率があります。法人税率は本来23.2%ですが、年800万円以下の所得について19%に引き下げられます。また、過去3年間の平均所得が15億円以下になると、この19%がさらに軽減されて15%になります。
そして、大きな恩恵があると考えられるものは、欠損金の繰越控除制度だと思われます。欠損金とは赤字のこと、赤字になった場合には、その赤字を翌期以降に繰り越して黒字と相殺できることになっています。ところが、大企業の場合には相殺ルールに黒字の50%までという利用制限がかかっていて、繰り越した赤字を効率的に使うことができません。これが資本金1億円以下になると制限が外れ、翌期の黒字と全額相殺可能な状態になるのです。
地方税においては、外形標準課税という制度から逃れることができます。資本金が1億円超の場合には外形標準課税の対象となり、赤字でも多額の事業税を負担する必要があります。この制度の対象外となれば、赤字のときの事業税負担をゼロにできるのです。
4.ほどなく税制改正か資本金は会社の規模を表す重要な財務基盤の指標であり、信用力の物差しのひとつでもあったはずです。このような背景もあり、税務上においても資本金の多寡によって差異を設けているのです。
ところが最近は、他社でも行っているのだから大丈夫と言わんばかりに、減資を行って見かけ上の資本金だけを減らした仮面中小法人が増えてきているのです。
このような状況下では、ほどなくして税制改正が行われると思います。新聞報道が行われ、社会的にもなっていることからしても間違いないでしょう。改正内容はあくまで推察ですが、資本金のみで判断するのではなく、従業員数を加味することになるのではないでしょうか。例えば、1千人を超える会社を除外するといった感じです。諸外国ではすでに増税ムードが出始めています。新型コロナウイルス感染症の収束が、新たな税制見直しのスタートなのかもしれません。
5.なにごともほどほどに資本金を1億円に減資をして税務上の恩恵を得ることは、何も悪いことではありません。あくまで今のルールに従って行っていることです。ただし、国税当局が問題視しないのは、ほどほどに行われている状況であればこそ。節税と税制改正はいたちごっこですが、節税目的ありきと思われるようなケースが横行すれば、当然に改正が行われます。税務に限らず、なにごともやりすぎてはダメだということが世の常なのです。
2021年6月30日
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5348号
固定資産税は地代?か
他人のものを借りるのであれば、無償での使用貸借か、賃料を支払う賃貸借かのいずれかを選択することになります。ただし、親子間などの特殊関係がない限りは、他人のものを使用するのであれば常識的には賃料を支払うことになるでしょう。そして、それが土地であれば地代となるわけです。さて、土地の所有者は固定資産税を支払う必要があり、これを使用対価と考えてみると、固定資産税とはまさに市町村に対する地代以外の何物でもないかもしれません。
1.固定資産税という名の使用料?土地の所有権とは土地を使用・収益・処分する権利ですが、そこには諸外国を含め歴史的な背景がそれぞれあることでしょう。小難しい理屈や経緯などは学者に任せるとして、日本では年貢・地租という制度を経た後に、今の固定資産税が出来上がっています。今日の自由主義的な考え方に慣れると忘れてしまいがちですが、そもそも土地を所有するには使用料のようなものを支払う必要があるということです。そのため、私的所有権というものの、結局は固定資産税という名の地代に縛られているのが現実。たくさんの土地を所有している、いわゆる地主と言われる方々はこの感覚が強いことでしょう。
ちなみに、現在の固定資産税は市町村税という位置付けであり、標準税率は1.4%となっています。また、市街化区域内にあっては別に都市計画税が課され標準税率は0.3%となっています。
2.利用方法により地代(固定資産税等)が軽減土地は利用方法によって収益力に差異が生じることでしょう。また、政策的なことも反映する必要があるため、市町村はいくつもの軽減制度や非課税制度を設けたのです。
最も知られている軽減制度は、人々の住まいである住宅用地に関するものではないでしょうか。住宅用地については、住宅1戸につき200平方メートルまでの部分の課税が6分の1(都市計画税は3分の1)になります。また、200平方メートルを超えたとしても実質的な課税は3分の1(都市計画税は3分の2)までで済むようになっているのです。
ここでのポイントは、住宅1戸についてということです。戸建ての場合には、1戸あたり200平方メートルを超えるケースもあるでしょうが、マンションやアパートのような共同住宅の場合であれば、戸数が多いためおそらく敷地全体が6分の1の対象になります。つまり、共同住宅の方が固定資産税の優遇を受けやすい制度設計がされているのです。
また、公共的な観点から一定の私道は非課税となっています。セットバック部分であったとしても非課税になる場合があるので、所有する土地が課税されているようであれば調べてみるのも一つです。
3.遅れたら延滞金、差し押さえもあり得る固定資産税は市町村にとっては重要な基幹税であり、最も税収割合が高い税金です。それが理由では無いのですが、役所はしっかりしているもので、少しでも納期に遅れると催促の通知がすぐに届きます。うっかり忘れていて通知が届いた方も多いのではないでしょうか。
納期に遅れれば、当然に延滞金が生じます。令和3年の延滞金の割合は、1か月間は年2.5%、1か月を超えると年8.8%となっています。以前に比べれば低くなったというものの決して安いものではありません。また、固定資産税の支払いもせず、督促も無視していると差し押さえだってあり得ます。固定資産税を地代として考えると、市町村は最も怖い地主なのかもしれません。
4.令和3年度の固定資産税は増額改定無し市町村はしっかりものの地主さんでもあります。地価が上昇すれば地代の改定を必ず行います。改定の基準となる土地の価格は3年に1度見直すことになっており、令和3年度は改定の時期です。そのため、本来であれば、今年度の固定資産税は増加する可能性が非常に高い年でした。
ただし、令和3年度に限ってはコロナの影響を考慮せざるを得ないとして、増額を見送ることになりました。ちなみに、これは今年1年限りの特例です。来年はきっちりと増額改定をしてくることもあり得ます。
5.更新料がないだけましか?固定資産税を地代に見立てたとしても、あくまで所有権があります。更新料や承諾料を求められることはないのです。では、お隣の中国ではどうでしょうか。社会主義国家である中国では私有財産としての土地の所有は認められていません。そのため、あくまで使用・収益というまさに借地人の立場になっています。したがって、土地使用の期限も定められており、期限が到来すれば更新をしなくてはならないことになります。そうすると更新手続きにあたって更新料をどうするのか?ということが、議論になっているようです。
不動産を所有しているのであれば、必ず支払わなければならない固定資産税。更新料が無いだけましと思って、慎ましく支払うのが、持つべき人の社会的責任といったところなのでしょう。2021年5月31日
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5347号
小規模宅地等の保有要件
今年の4月から、新たに代表社員に就任することになりました。まだまだ若輩者ではありますが、皆様のお力になれるように精一杯頑張って参ります。そしてこれを機に、今月号からはこのエーティーオー通信も私が執筆することになりました。面白味がなくなったと言われることがないよう、役に立つ情報をできるだけ分かり易く伝えていきたいと思います。今後とも変わらぬお引き立てを頂けますようよろしくお願いいたします。
さて、最初のテーマですが、ここはやはり相続税に関するものが良いのではないでしょうか。そこで、最も頻繁に話題に上がると思われる小規模宅地等の特例について、その保有要件の実務的なお話をしましょう。
1.特例の内容を再確認小規模宅地等の特例とは、相続した宅地等(土地又は土地の上に存する権利)のうち、事業の用や居住の用に供されているものに対する相続税上の特例のことです。
これらの宅地等は、生活や事業の基盤としてとても大事な財産といえるでしょう。そこで、相続税の課税上も一定の配慮をするという意味合いで、この特例が用意されているのです。小規模宅地等の特例を利用すれば、宅地等の評価額を最大で80%引きにすることができます。つまり、自宅敷地の相続税評価額が1億円であったとしても、この特例を利用することで80%引きの2000万円の評価にすることができるのです。
ただし、いくらでも無制限に利用できるわけではなく、面積制限が設けられています。例えば、居住の用、つまり自宅の敷地であれば330㎡までが80%引きの対象です。また、賃貸の用、つまりアパートの敷地であれば200㎡までが50%引きになります。限度面積があるとはいっても、このように土地の評価額を大きく減額することができるのです。相続税の申告をするうえでは、この特例を上手に活用することが肝になるでしょう。
2.適用にあたっての所有要件特例を適用するためには、一定の要件を満たす必要があります。相続する方や、宅地等の利用状況によって細かな要件がいくつもあるのですが、この特例の趣旨からして大事なものは申告期限までの所有要件ではないでしょうか。
そもそもこの特例は、生活や事業の基盤となる守るべき宅地等について、その課税を軽減しようという制度です。したがって、相続発生後に売却をして手放すのであれば、適用させる必要は無いということになります。そのため、相続税の申告期限までは宅地等の売却をせずに、所有している必要があるのです。(配偶者が自宅敷地を相続する場合のみ、例外としてこの要件がありません。)
3.申告期限前に売買契約を締結した場合相続税の納税資金を用意するため、または売却代金を相続人で分配するため、など様々な理由によって土地を売却しなければならないこともあるでしょう。ただし、相続税の申告期限前に売却した土地は、小規模宅地等の特例を利用することはできません。特例を利用するのであれば売却を遅らせる必要があるのです。
では、土地の売買契約を締結してはいるが、引き渡しをするのは相続税の申告期限後という場合はどうなるのでしょうか。売却することが見えているのですから適用できないようにも思えます。しかしながら、この特例の要件である所有とは、文字通り「宅地等の所有権を有していること」と解されており、所有権を手放さなければ良いのです。すなわち、売買契約を締結しても申告期限までに引き渡しをしていなければ適用が可能なのです。
今のところはこのような取扱いになっていますが、税制改正によって要件が厳しくなる可能性がないとは言えないでしょう。
4.申告期限には注意相続税の申告期限は通常は相続開始の10か月後です。2月10日に死亡した方の申告期限は12月10日です。特例を利用したいのであれば、この日までは所有するようにして下さい。なお、申告期限が延長することがあります。最近は自然災害が多く、首都圏では令和元年台風第19号が記憶に新しいところです。このときは世田谷区や大田区、川崎市などに土地を所有していた方は申告期限が自動的に延長されました。そのため、特例の所有期限も10か月より延びたのです。このようなときは、引き渡しの時期は特に注意が必要です。
5.他の適用要件も忘れずに所有要件以外の要件にも気を付けましょう。申告期限までは居住継続(配偶者を除く)や事業継続という要件があります。すなわち、自宅であれば引っ越しせずに住み続ける、アパートであれば空き家にするための立退きをしてはいけないのです。土地を売却したいということは、早く現金にしたい理由があるはず。そうはいっても、相続税を少なくするためには、申告期限までの努力を見せる必要があるのです。
2021年4月30日
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5346号
亡くなる日は選べませんが
相続税や贈与税の土地の評価にあたっては、市街地は原則として路線価で計算することになっています。その路線価は、毎年1月1日時点での時価であり、それがその年1年を通して適用されるルールです。しかし、現在のような状況下、地価の下落が著しい地域もあるようで、税務署も年の途中で路線価を調整する異例の事態が…。
1.多少の変動はあっても、通常は1年ルール相続税や贈与税の路線価は、その年の1月1日の時価として、毎年7月上旬(令和2年は7月1日)に公表されます。それをその年の年末まで適用するのです。つまり、1月1日から12月31日まで、閏年以外は365日間にわたり、この価格を利用することになっています。
地価の変動が1年間の間で全く変動がない訳ではないでしょう。しかし、多少の変動があっても、特別問題になるほどのものでない限り、通常は一年ベースで適用してきたのです。
2.コロナ禍は、昨年1月16日から問題は今回のコロナ禍による影響です。国内で初めてコロナ感染者が確認されたのが、昨年の1月16日。それ以降、コロナの影響で社会、経済情勢が大きく急変したのは読者の皆さんもご存じのとおりです。
つまり、昨年の1月1日時点での土地の時価に、このコロナ禍の影響は全く反映されていないと言うことなのです。それにもかかわらず、昨年1年間の相続・贈与については、コロナ禍の影響が反映されていない路線価で計算されてしまうと言う現象が生じるのです。その結果、実際の価値以上の高い価額で評価されてしまうのです。
もっとも、路線価自体は一応、実際の売買時の時価の80%相当で算出されていることになっています。従って、時価に多少の変動があっても、減額幅が20%以内であれば、路線価が時価を上回ることはないと言う理屈にはなります。
3.時点修正の考え方路線価が1月1日時点での時価ではあっても、公表をされるのは毎年7月。つまり、それまでに約半年の時間が経過する訳ですが、その間の作業はどの程度のことをするのでしょう?
現実問題として、1月1日の1日だけで全国一斉にその土地の時価を調査することは不可能でしょう。それ以前、前年の内から実際に査定作業は始まるのでしょう。筆者もその具体的な日程や細かな工程は知る由もありません。ただ、前年の12月末までには概ねの価格算定は行った上で、7月の公表までに調整を行うことになるのでしょう。
4.大阪での事例ですが…さて、東京ではなく大阪での事例ですが、こんな事例があったのです。昨年、令和2年において、9月末時点での地価が7月1日に公表された路線価に較べ、かなりの下落現象が見られたのです。なんと、その率20%を超える下落率になったとか。路線価は前述のとおり1月1日時点での時価ですが、半年後の7月1日でこの下落率です。もし、7月以降もそのまま公表した路線価を用いて相続税・贈与税を算出したら、実勢価格以上の路線価で税負担をすることになってしまいます。
そこで、当局は昨年7月から9月の間に相続・贈与があった案件について、路線価の補正を行ったのです。もちろん、これは全国一律に補正を行ったわけではなく、大阪の一部に限定した土地ではあります。具体的には4%の減額補正なのですが、路線価を公表後にさらに補正をすると言うのは、まさに前代未聞。水害で浸水した土地などを除き、異例中の異例の出来事なのです。
5.更なる補正もまた、昨年の9月以降、10月から12月の相続・贈与については、今年の4月に改めて減額補正の適用を検討することになっています。こちらについては前述の大阪だけではなく、名古屋市の一部も対象となる可能性があるようです。
ただ、残念ながら昨年の1月から6月までの相続や贈与については、減額補正は適用されない見込みのようです。
相続については、自殺でもしない限り亡くなる日を選択はできません。ただ、極端な例を挙げれば、12月末日と翌1月1日の僅か1日の違いで適用される年分が異なるため、路線価が大きく異なることにもなる訳です。
6.救済策はあるのか?このような僅か1日の違いで極端な下落となるような場合には、下落後の路線価を適用して申告することも、十分可能であると筆者は考えます。既に申告書を提出してしまっている場合には、更正の請求と言って、申告書の出し直しも可能です。以前は申告書の提出期限から1年以内と期間も短かったのですが、現在は5年と比較的長期にわたっています。或いは、認められるかどうかは別として、申告書の提出後に諸般の事情から路線価に疑問があれば、不動産鑑定を行ってやり直しも理論的には可能です。いずれにせよ、コロナ禍は路線価にまで悩ましい事態を生じさせています。
2021年3月31日
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5345号
不要なのはハンコだけか?
今年も間もなく確定申告の季節が始まります。その確定申告書をはじめ、税務に関する提出書類には押印しなければならないものが数多いことはご存じのとおりです。
しかし、昨今、ハンコは不要との議論も盛んにおこなわれているようです。筆者もそれに異を唱えるものではありませんが、不要と言うか形式だけのものは他にもありそうです。デジタル化に向けてハンコ以外のテーマも見ていきましょう。
1.全く意味のない認印ハンコ不要の議論の最たるものは、いわゆる認印、三文判などと言われているものではないでしょうか。とりわけ佐藤、鈴木などと言うお名前の方は、100円ショップで簡単に手に入ります。本人が押印したかどうかの確認は、あれでは全く意味を成しません。自慢にもなりませんが、我がATOの事務所にもその手の印鑑は沢山用意が整っています。従って、お客様がお忘れの時には『ウチの事務所にもありますのでお使い下さい。』なんてサービス(?)も提供をしています。
2.確実な本人確認はサイン、ご署名!確実なのはご本人のご署名でしょう。現在は税務の提出書類もネットで送信できるものが多く、ハンコの押印はありません。そうすると、お客様の同意なしに、税理士はいくらでも勝手な申告書を提出することが可能になります。そこでATOではわざわざ紙の書類を用意して、そこにお客様のご署名を頂いています。その内容と同一のものを電子申告していると言うのが実態です。ついでに押印までをもして頂いてはおりますが…。つまり、ご署名頂いた書類そのものは税務署には提出をせず、内容に同意を頂いたことの証左として、その現物を事務所に保管している訳です。
3.電子申告をすると申告書や各種の申請書類は提出期限が法律で定められています。そこで、その提出日時を証明するため、税務署では電子申告をすると、その控えに受領年月日と時間が何時、何分、何秒かまで刻印されるようになっているのです。
これは昔の収受印と言う受領を証明するためのハンコの代わりです。提出にも受領にも、とにかくハンコ、ハンコの社会なのです。
4.リアルタイムがバレない方がいいことも世の中は何事も真実だけしか通用しない、と言うことになると、税務だけに限定していえば、困るのはむしろ、納税をする方の側でしょう。例えば株式会社の場合で考えてみましょう。会社法上の規定もあり、株主総会は通常、決算期末から3ケ月以内に開催されています。そこで出席株主や委任状によって株主の意向を確認し、様々なことを決議していくことになっています。例えば、今期はどれくらいの金額を配当するか、来期は役員報酬をどの程度増額、又は減額するか、はたまた会社の基本となる資本金を増資、又は減資するか、や定款の変更を行うか等々です。
上場会社の行う株主総会に出席なさった方も、数多くいらっしゃるとは思います。そこでは上記のような議案が粛々と進められ、決定していくわけです。しかし、我が国の圧倒的多数を占めるいわゆる中小企業はどうでしょう。
5.株主総会の実施状況上場をしていない、いわゆる市井の中小企業の実態として、株主総会を実施している会社が非常に少ないことは間違いありません。中には『ウチの会社でもそんなことする必要あるの?』とまで仰る方も。株式会社であれば、上場をしていようがいまいが、本来は実施すべきことなのです。
では、株主総会を開催した上で決議すべき事項を、開催しないで決議するとは具体的にはどういう事なのでしょうか。回答としては、開催した記録だけを作成すればいいのです。これが株主総会議事録で、開催日時、場所、議決権の数や出席株主等のほか、次のような文言の記載が。
『議長は開会を宣し、上記のとおり定足数に足る株主の出席があったので、本総会は適法に成立した旨を述べ、議題の審議に入った。』そして、決算書類の承認や役員報酬の額が〇〇のように満場一致で承認可決された、と謳うのです。現実は架空のサル芝居にもかかわらず、です。
6.税務署は実態を分かっているのか?では、上記のような実態を税務署は分かっているのでしょうか。例えば特に税務上問題になる役員報酬の改定をするのには、株主総会決議が必要です。それをしないで報酬額を変更すれば、会社法違反。ただ、会社法違反ではあっても、それが直ちに税務上に影響を与えるものではありません。必ずしも税務はすべてが会社法と連動している訳ではないためです。しかし、税務署は開催した旨の議事録の確認は絶対にします。もしそれがなければ、役員報酬の増減を認めず、何らかの課税を行うのです。サル芝居であることは税務署だって先刻ご承知です。だからこそ、税務調査に対応すべく税理士は形式的な議事録作成を、ハンコを押すように黙々と進めていくのです(ああ悲しい!)。
2021年2月26日
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5344号
資産の組換え(2)
今月も前号に引き続き、資産の組換えについてです。前号では資産の組換えで、課税の繰り延べになる場合の注意喚起をしたところで話が中断しています。それの後半部分と、更なる資産の組換えについても検証していきましょう。話は交換や等価交換と言われる手法にまで発展していきます。
1.課税の繰り延べの問題点まずは簡単に復習をしておくと、300万円で取得したA土地を1,000万円で売却し、その1,000万円でB土地を取得します。今回もその概要をご理解頂くため、敢えて厳密ではありませんが大枠の説明に留めておきます。このケースで買換え特例を使うと、B土地の取得費は1,000万円ではなく300万円を引き継ぐ、と言うことなのです。そうではあっても、B土地を売らない限りその時点で若干の譲渡税負担で完結です。問題は仮にB土地が1,500万円で売却できた場合、売却益は1,500万円-1,000万円=500万円とはならず、1,500万円-300万円=1,200万円となり大きな税負担になってしまうと言うものです。実際に1,000万円を投じてB土地を購入しているにもかかわらず、なのです。
2.買換え資産が建物の場合買換え資産が建物の場合は更に問題がその後何年にも及びます。実際の建築価額が前述の場合のB土地と同様、1,000万円でも300万円を引き継ぎます。B土地の場合はそれを売却しなければあまり問題はありませんでした。しかし、建物の場合には減価償却を通じてその価額を費用化していくことになります。
そうすると、本来は1,000万円がその対象となるにもかかわらず、引継ぎ価額の300万円だけしか費用化する事ができません。自宅のように減価償却の必要がないものであればまだいいでしょう。しかし、賃貸物件の場合は費用化が少額となり、結果として賃貸期間中はずっと課税される所得が増大する結果となってしまうのです。
3.交換の特例話は変わって資産の組換え手法の一つに、"交換"があります。これは文字通り、物件甲と物件乙を交換するもので、双方の資産価値の差額について、差金の授受がなされることもあるでしょう。税務においては本来は交換をした時点で双方が拠出した資産について、譲渡したものとして譲渡税の対象となるのです。しかし、税金を納める側の立場で考えると、等価であれば金銭のやり取りはなく、お金も全く動きません。従って、損も得もなく譲渡税の課税に疑問を感じることもあるでしょう。そこで、課税当局も次の要件を満たす場合に限って、金銭のやり取りがなければ特例として何らの課税も行わないのです。(1)同じ種類の固定資産であること(2)双方の資産が1年以上保有しているもので、かつ交換の目的で取得したものでないこと(3)交換後、従前と同一の用途に供すること(4)両者に差額がある場合、多い方の価額の20%以内であること 等々です。
ここで問題になるのが、双方の資産の価額ですが、"時価"と言うことになっています。ただ、時価と言われてもその判断は非常に難しいものがあります。特に親族間で交換を行う場合、税務的にはその客観性が問われることも多いのです。親子間では親は子のために金額的には損を承知で交換することもあるからです。従って、親族間での交換は後日税務当局に指摘を受けないよう、不動産鑑定士や不動産業者等の専門家の助言や疎明資料を準備しておくことが有用です。
逆に第三者同士の交換については、その懸念が全くありません。公示価格や路線価等で計算すると、明らかに20%超の開差があっても、当事者同士で等価であるとの合意が得られていれば、それで問題はありません。そこに贈与の意思がなければ、課税上問題は生じないからです。客観的価値以上の効用がある場合、そのような交換も十分あり得るからです。なお、差額について金銭でのやり取りがなされる場合、その部分については譲渡税が課税されますので、注意が必要です。
4.等価交換一般に等価交換と言うと、土地の所有者がその敷地を提供して、その土地上にディベロッパーと共同でマンション等を建築する手法を言います。土地の所有者は建築代金を支払わず、それに相当する土地を提供することにより、資金なしで建物を建築することができるため、利用なさる方も多いようです。これを税務の世界では、"既成市街地等内にある土地等の中高層耐火建築物等の建設のための買換え等"の特例と言われています。典型的なのは、三大都市圏の既成市街地等内にある土地を売却して、その土地上にマンション等の中高層耐火建築物を建設する場合でしょう。これも本来なら土地をディベロッパーに売却した時点で譲渡税が課税されるべきところ、その敷地に一定の高層マンションを建築することを条件に課税の繰り延べができるもの。組換えの好例とも言えるでしょう。
2021年1月29日
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5343号
資産の組換え(1)
読者の皆さんは"資産の組換え"について考えたことがおありでしょうか。収益物件と一口に言っても、収益性の低い物件から高いものまで。また、空室率の低い物件も高い物件もあって、悩みの種は尽きないのではないでしょうか。それらを総合的に考えて、組み換えていくことは色々な意味で非常に有用です。ただ、そこで気になるのが税務の取り扱い。実は税務においても各種の特例が用意されています。それらを上手く活用できるよう、2回に分けて詳細を見ていきましょう。
1.税務の基本的な考え方税務の考え方の根本と言うか基本に、組換えについての特別な配慮は本来はありません。組換えと言うからには、先ずは従来からある資産を売却や処分し、その代わりに新たな資産を購入、取得することになります。
その場合に、例えばある資産を1,000万円で売却し、その資金1,000万円で新たな資産を購入したらどうでしょう。結局のところ、資産の種類である"モノ"が変わっただけで、1,000万円と言う資産の保有状況には何ら変化がありません。言ってみれば、損も得もしていない、そんな考え方もあるのではないでしょうか。
と言うより、税務を考えない一般常識的な考え方からすれば、むしろそれが当然の感覚なのかも知れません。儲かって預貯金が増えたのなら、課税もやむを得ないのでしょうが、お金も残っていないし、儲かったと言う感覚はないからでしょう。
しかし、税務の基本的な姿勢は異なります。
売却・処分した代金で何を購入・取得しても、本来税務はそのお金の使途には着目はしないのです。売却し、儲かった事実があれば、そこに着目して課税をするのが税務の基本的な考え方だからなのです。
2.事業用資産の買換え特例そうは言っても、実際に税を納める側の立場にも少しは配慮して課税しよう、と言うのが"特定の事業用資産の買換え特例"と言われる特例の考え方なのです。
一般の方にもその概要をご理解頂くため、敢えて厳密ではありませんが、大枠のご説明から始めましょう。これは国内にある所有期間が10年を超える土地等を、同じく国内にある土地等で面積が300平方メートル以上のものに買い換えた場合の特例です。売却代金で他の資産を購入したら、本来は他の資産の購入の有無に関わりなく課税するところを、その時は課税を見合わせて最小限に留めようとするのです。但し、課税のチャンスを将来に先送りするだけで、課税の繰り延べと言う表現をします。決して税金が減額されたり、免除になったりするものではありません。
では、この課税の繰り延べとはどんなことなのでしょう。再び1,000万円の資産を前提に、A土地を例に考えてみましょう。これの原価と言うか取得費は300万円とします。例えば、A土地を1,000万円で売却してB土地を1,000万円で取得した場合です。B土地の税務上の原価である取得費は1,000万円ではなく、A土地の原価である300万円を引き継ぐと言う考え方なのです。これが課税の繰り延べと言う特別な考え方をしてくれる特例なのです。但し、実際の税務の計算は非常に複雑ですので注意が必要です。
一言だけ残念なことを言っておくと、"8割買換え"と言うのですが、この1,000万円全額がその対象にはならず、8割部分だけがその対象となると言うことなのです。つまり、2割部分は完全に課税の対象となるということなのです。
3.課税の繰り延べの問題点では、これの何が問題なのでしょうか。それはB土地を売却した場合です。仮に数年後にB土地が1,500万円で売却できたとしましょう。その売却益は1,500万円-1,000万円=500万円とはなりません。A土地の当初の原価である300万円を引き継ぐため、1,500万円-300万円=1,200万円が売却益になると言うものです。
もともと300万円のA土地を1,000万円で売却した時に700万円の課税、そして1,000万円のB土地を1,500万円で売却した時に500万円の課税で、合計1,200万円の課税をされる筈ではありました。そう考えればご納得頂けるかも知れません。
しかし、B土地の売却時に一気に1,200万円もの課税が待っているのです。B土地を未来永劫売却しなければこのような事態は生じませんが、これが土地ではなく建物への買換えだったらどうでしょう。
実はこれが最大の問題で、結論から言えば建物への買換えはあまりお勧めができることではありません。思わせぶりで恐縮ですが、何故なのか、次回で詳しくお話ししましょう。2020年12月24日