本年度税制改正で、事業用資産の買換え特例のうち、最も利用しやすいものの適用期限が延長されています。再度の期限延長は”絶対”にないと言われていた項目です。世の中に”絶対”は絶対に無いのでしょう。直前になって急転直下の変更です。税制は正しく政治の力でいかようにもなる生き物であることを再認識させられましたが、こんな問題も含んでいます。
1.制度の概要
例えば、賃貸マンションを売却したら、言うまでもなく、譲渡税の対象です。損失ならばいざ知らず、利益が出れば、次の算式で売却益を計算することになります。
売却額-(取得費+譲渡経費)=譲渡益(売却益)
通常はこの売却益に税率を乗じて税額を算出するのですが、買換えを適用する場合は計算方法が全く異なります。法人については利益を圧縮するという表現をしますが、要は税務上相当額の利益をなかったものにしてくれ、最大で原則の1/5の税負担で済むというのがこの制度の特徴です。
その条件は、国内にある10年超所有の土地や建物等を売却して、国内にある土地や建物等を購入するという、いたって利用がしやすいもの。
これが本来は昨年の年末で終了予定だったのが、更に2年延長され、平成20年の年末まで延長されることになったのです。
2.事業用資産の買換え特例を適用すると…
先程、利益がない事にすると言いましたが、未来永劫課税がないわけではなく、とりあえず、売却時点での税負担が少ないという代物です。課税の繰り延べという言い方をするのですが、一定の時点まで課税を待ってくれる制度なのです。そうは言っても、とにもかくにも売却時点での税金が安くなるわけで一見魅力的な制度です。
さて、この事業用資産の買換えで特例を適用すると、実はちょっとややこしい話が待っています。それは取得費、平たく言えば原価の問題です。例えば、1,000万円で買った土地Aが1億円で売却できれば差引き9,000万円が利益。その1億円で土地Bを買った場合、普通は9,000万円に課税がされた上で、1億円がBの原価となるはずです。
しかし、この特例を適用した場合、課税も少なくなるものの、土地Bの原価は1億円にはならないのです。計算過程は省略しますが、土地Aの時代の金額を引きずって、2,800万円にしかなりません。そのまま土地Bを持ち続けるなら問題は特にありませんが、再度Bを1億円で売却すると、今度は原価が1億円ではなく2,800万円のため、7,200万円が課税の対象です。つまりこの時点で前回課税されなかった部分にまで税金がかかる仕組みなのです。
3.建物の場合は問題が直ぐに顕在化
上記は土地の例でしたが、これが建物の場合、売却をしなくても直ぐに税金の影響が生じてきます。何故なら、建物は土地と異なり毎年減価償却をするからです。買換えの対象を土地Bではなく建物Bにした場合その減価償却の基になる金額は、土地の場合と同様2,800万円、実際の建築価額が1億円でも、です。つまり、毎年の経費となる減価償却費が少ない分、利益が多く算出されることになってしまうのです。
個人の場合、課税される所得金額が1,800万円を超えると、最高税率の50%の世界に入ってしまいます。一方、税務上の買換え特例を適用せず、通常の長期の譲渡税率なら20%です。所得の多い方については、建物への買換えは売却時点での譲渡税は少ないものの、直ぐに50%での課税が毎年待っていることになるのです。一方、特例を適用しなければ、売却時の税負担はあるものの、20%で完結し後腐れはありません。くどいようですが、この特例は課税が免除されるわけではなく、繰り延べられるだけなのです。
4.買換え時の資金ショートの問題点
もう一つの問題は資金繰りの問題です。先程、特例を適用すると最大で原則の1/5の税負担で済むと言いましたが、これは1億円で土地Aを売却して1億円以上で土地Bを購入した場合です。土地Bが1億円以下である場合には、買換えをしていない部分が生じるため、税負担はその時点で原則に近い金額になってしまうのです。これを避けようとして1億円以上の土地を購入した場合の資金繰りはどうなるでしょう。例えば買換え資産の土地Bが1億円でも、売却金額だけでは購入に十分な資金が手許に残らないのです。土地Aの取得価額が不明で売却額の5%と仮定した場合、税負担が380万円、その他に土地Bに係る登録免許税、不動産取得税等々1,000万円前後の資金が必要になります。これを売却資金以外から用立てなければなりません。
一見お得な買換え特例ではありますが、その後の税負担と資金繰りを考えると、手放しで喜べる制度の延長ではないかも知れません。