税務職員が大好きなものをご存じでしょうか?言うまでもなく調査の過程で誤りや不正を発見し、納税額との差額があれば調査官のお手柄。”増差所得”、”増差税額”と言いますが、これが多額になればなるほど良い仕事をしたことになるのです。
さて、お手柄に繋がる端緒として、貸金庫も彼らが大好きなものの一つ。狙い通りそこには不正につながるものが隠されているのでしょうか?
1.貸金庫の存在はどうして分かる?
貸金庫を利用していることが分かれば、税務職員なら誰しもその中に何が入っているかは知りたいもの。とりわけ個人の調査の過程でその存在が分かれば、大抵は本人同行のもと、現場でその中身を確認する事になるでしょう。同じ個人の調査でも、所得税の調査では事前にその存在は分かっていないことが多いのです。預金通帳の開示を求め、貸金庫の利用料が引き落とされているのを見て、初めて貸金庫の存在が判明することが多いもの。それに対し相続税の調査では事前にその存在は把握されています。相続税の場合、申告書が提出されると、その申告書に記載されている金融機関に照会文書を発送するのです。税務署はその照会文書に過去の普通預金の動きを総て復元してくれるように依頼しているため、それで貸金庫利用の有無が判明するのです。相続税では普通預金の過去の動き、定期預金その他の残高等はこれにより、事前にすべて把握されているということなのです。
2.貸金庫への期待
そもそも貸金庫はどんな場合に利用されるのでしょうか。利用するに当たっては、銀行に利用料金を支払い、利用の際はわざわざ銀行まで足を運ばなければならないのです。それ程までの手間暇をかけて、なぜ貸金庫を利用する必要があるのでしょう。その理由は人によって様々でしょうが、一つには重要な書類、資料の保管でしょう。自宅に置いておいては災害や盗難の危険があるため、より安全な場所への保管のために利用する事も多いでしょう。また、何らかの理由から誰にも見つからない様に、隠しておきたいと言う心理が働くのかも知れません。家族にも、そして税務署にも。だからこそ税務署は”貸金庫”と聞いただけで、直ぐに中味を確認したいと言う衝動に駆られるのでしょう。貸金庫の利用者が税務署に対して隠しておきたい、秘密にしておきたいと言う心理は、正しく税金を逃れたいと言うこととイコールです。
3.税務署と言えども勝手には貸金庫を開けられない!
調査の過程で貸金庫の存在が明らかになったとします。税務署は必ず、そうです、必ず銀行への同行を求めます。1.で述べたように相続税の場合は事前にその存在が分かっています。そのため、午後の調査が一通り終了した時点で、銀行が閉店する3時までには間に合うように貸金庫に直行です。査察のような強制調査でない限り、税務署も本人の同意がなければ勝手には貸金庫を開扉できません。そうは言うものの、3時に間に合わないようであれば、事前に電話の上、3時以降の開扉に協力してくれるように要請するでしょう。銀行も税務署の頼みとあれば、渋々その要請には応えてくれるものなのです。もっとも相続税の調査において、亡くなった被相続人が貸金庫を利用していたとしても、相続人が現在使用しているかどうかは別問題。しかし、大抵の場合相続人がそのまま引き継いで利用しているケースが多いようで、銀行への同行は既定路線と考えていいでしょう。
一方、所得税の場合前述のとおり事前に分かっていないケースが大半です。現場で提示された普通預金の通帳を見て、或いは貸金庫の鍵を見つけて初めてその存在に気づく訳です。その後は相続税と同じで、銀行への同行を求められるでしょう。
4.税務調査が分かっていて、貸金庫に隠すことがあるのか?
ここで素朴な疑問が生じます。通常の税務調査は税務署と調査を受ける顧客、そして調査に立会う税理士の日程調整の上で調査日が決められます。無予告で突然行われる調査もありますが、大半はこれらの日程調整を行った上で、紳士的に行われることに。つまり、税務署がいつ来るのかは、事前にお客様にも税理士にも分かっているのです。従って、税務署に見られて困る物がもしあるとすれば、貸金庫にそのまま保管しておくものでしょうか。筆者がもしお客様の立場で税務署に見られたくない物があるとすれば、確認されるかも知れない貸金庫には書類を入れることはないでしょう。仮にあったとしても、税務調査の際には事前にそこから抜いておくでしょう。
何を言いたいかと言うと、税務署がそんな状況下で貸金庫を確認しても、彼らが喜びそうな物は、少なくとも調査日当日には入っていないと言うことなのです。私の長い税理士経験でも、調査で貸金庫から何かめぼしい物が発見されたことは一度もありません。それでも税務署さん、まだ、”貸金庫”をそんなに見たいものですか?