『相続時精算課税制度』は既にご存じの方も多いのではないでしょうか。2,500万円までなら贈与税の課税がなく、それを超えても一律20%の税率で済む贈与税の制度です。必ずしも相続税の節税目的には合致しませんが、生前に相続問題を解決する手法の一つではあります。実は、実務では当初想定していなかった、こんな使い方が非常に多いのです。
1.もう一度制度の概要を復習
非課税枠と税率は上述の通りですが、この制度には注意すべき点が一つあります。それは贈与したと言っても、将来の相続時にもう一度相続財産として持ち戻し計算を行い、相続税として納付した贈与税の精算をする点です。その時の計算は、贈与時の価格で行います。従って贈与時よりも相続時に評価額が上がっていれば得をしますが、下がってしまえば損をすると言うリスクを覚悟しなければなりません。
相続税の負担のない方はこの贈与だけで課税関係は終了です。しかし、相続税が掛かる方は贈与自体が完結しても、贈与税の精算はあくまで実際の相続時。贈与税の計算は仮計算で、いわば相続税の前払い的な性格のものなのです。
2.想定していた使われ方
当事務所で当初想定をし、お勧めしていたのは例えばこんな使い方でした。ご夫婦に長男、長女の二人のお子さんがいるケースです。財産は同居の長男との二世帯住宅の不動産と若干の預金とします。長女は嫁いで住宅ローンと教育費に四苦八苦の状態をお考え下さい。ここで長女に対してこの制度を使い、生前にゲンナマを贈与するのです。本当に現金が必要な時期に贈与を受ける訳で長女には値千金。が、価値として大きい二世帯住宅の土地建物は将来長男に、と考え長女にもその旨を伝えます。相続のゴタゴタを回避のため遺言書も用意しておきます。そこまでしても、遺留分について争いになることもあるので、長女には遺留分の放棄もさせます。つまり、相続時精算課税制度、遺言、遺留分放棄、この3点セットで生前に相続問題は総て解決です、と言うのが当初考えていたこの制度の典型的な活用方法だったのです。
3.税理士の立場でできること
上記の考え方に沿った形で実際に沢山のお手伝いをしてきました。また、贈与時の価格が実際の相続時の価格となる点に注目し、不動産の値下がりの時点で、贈与をなさる方もおられました。その時が相場的に底値だとの判断なのでしょう。
ただ、私共の立場では不動産の値動きを予想することも、何より人の死亡時点、つまり相続がいつ起こるのかを予言することも勿論できません。
従って、相続税のいわゆる節税の目的でお勧めすることは税理士としては出来ないのです。結果的に節税になることはあっても、その保証は出来るはずもありません。
4.実際の相談事例では父上の再婚が多数
現実には、この適用事例は父上が再婚をしておられるケースで多いのです。例えば先妻との間にお子さんがいて、先妻と離婚ないしは死別で再婚をなさった場合。後妻さんの立場では、入籍さえしていれば法定相続分はご主人が亡くなった場合、全財産の1/2。中には後妻さんとの間にもお子さんが出来ることもあるでしょう。また、連れ子と養子縁組をすることだってあるかも知れません。年齢にもよりますが、先妻のお子さんも成人していれば、後妻さんと一緒に生活をしていることは少ないでしょう。実際の相続を考えると、先妻の子の立場は何とも微妙なものがあります。できれば事前に自分の取り分は確保、確定しておき、分割協議で争うことだけは避けたいのが人情です。そんな時に精算課税制度の活用をお勧めしています。こういう場合、先妻のお子さんからの相談事例が大半です。遺言を作成して貰うのがベストですが、彼らの立場で父親にそこまでを依頼し、話すことは、ほとんどの場合不可能なのです。
5.相続税は100人に4人でも…
御案内の通り、本年からの相続税の大改正は見送りになりました。改正されれば相続税の納税義務を負う方が激増することが予想されていました。 従って、改正の見送りにより、当面は相続税の課税対象人員は100人の死亡で4人という状況に大きな変化はないでしょう。しかし、相続税の申告義務はなくても、相続そのものはどなたも例外なく遭遇する事象なのです。実は、何を隠そう筆者も先妻の子として父の相続時には後妻さんやその子供達と分割協議をした経験があります。極めてスムーズに事は運びましたが、決して楽しいものではありません。会わずに済めば、それに越したことはないのです。本来、こんなケースで被相続人としてなすべきは、間違いなく遺言の作成です。しかし、そうは言っても遺言は作成しない方の方が多数派です。ならば、せめて相続時精算課税制度で争いの芽を摘み、極力相続人同士が会わずに済む工夫をしておく事が、税金面は別として、男として準備すべき事だと筆者は信じています。