事業承継に関連して、相続税の納税猶予の制度が新設されています。とりあえず税金が少なくなるのは結構な事、と言いたいところですが、残念ながらそれ程単純な話ではありません。結論として、税理士としては積極的にはお勧めができません。リスクをご承知で実行されるのなら、敢えて反対はしませんが、制度に改良の余地はまだまだありそうです。
1. 制度の概要
まずは制度の概要から。原則として、一定の事項を実際の相続前に、経済産業大臣に確認を受ける事が必要です。これにより、相続した同族会社の株式について特別の計算がなされ、相続税の納税を一部猶予してくれると言うものです。但し、これは猶予であって、一定の条件を満たして初めて税金が免除される事になります。何やら農地を相続した際の納税猶予を彷彿とさせるものがありますが、基本的な考え方は同じです。中小企業対策として、相続税が原因で事業承継がスムーズに行かなくなる様な事態を回避するために、今年から設けられた制度なのです。
2. 猶予される税額は?
では、どの位の税額が猶予されるかですが、ケースにもよりますが、意外に少額な事が多いようです。解り難いのですが、敢えて書けば“相続により取得した議決権株式の内、相続開始前から既に保有していた議決権株式を含めて、発行済議決権株式総数の2/3に達するまでの部分の株式”と言う事になります。計算の詳細は省きますが、納税猶予を受けようとする株式の他に、不動産やら現預金が多額にあると、その効果は半減され、がっかりするような金額になる事もあり得るのです。
3. 更にがっかりは、資産管理会社等は対象外
さて、本当に生きた会社の株式なら勿論問題はないのですが、読者の中にはいわゆる製造業や小売業ではなく、不動産をお持ちの会社やそれを管理している、言ってみればペーパーカンパニーの方も多いと思われます。残念ながら①『資産保有型会社』や②『資産運用型会社』は対象外になっています。正確な表現ではありませんが、敢えて簡単に言い切れば、①は現預金や自ら使用していない不動産(貸付用等)、有価証券等の財産が全体の財産価額の70%以上の会社。②は上記①の財産の運用収入が総収入金額の75%以上である会社を言います。つまり、会社の財産の大半が貸付用の不動産で、その運用で賄っている会社の株式については、この制度の適用はないことになる訳です。但し、次の総てを満たす場合には、①や②に該当しない事とされています。(ア)常時使用する従業員の数が5人以上である事(イ)常時使用する従業員が勤務している事務所、店舗、工場その他これに類するものを所有し、又は賃借している事(ウ)相続開始の日までに引き続き3年以上にわたり、商品の販売等を行っている事。形式で判断するのではなく、あくまで事業の実態があれば、認定の対象にはなるのですが、どんなに規模が大きくても、単純な賃貸業では適用はありません。
4.更に厳しい条件がつきます!
更に厳しいのは、この規定、事業を承継し継続する事が本来の趣旨。従って相続後にも様々な条件が待っています。もし条件を満たせなくなれば、当初経済産業大臣から受けていた認定は取り消され、猶予されていた相続税を納めなければならないのです。で、その条件ですが、相続税の申告期限から5年間、代表者の氏名から始まって、常時使用する従業員の数、株主構成、会社としての該当性等々を経済産業大臣に報告し、その後は3年毎に税務署への報告が義務付けられています。
中でも厳しいのが事業継続条件ですが、次のいずれか一つに該当すれば、認定取り消しとなります。主なものとして、当初5年間に①事業を承継した相続人が代表者を退任②常時使用する従業員数が80%未満になった事③事業を承継した相続人とその同族関係者で有する議決権割合が50%以下となった事。④事業を承継した相続人が猶予を受けた株式の全部又は一部を譲渡した事⑤事業を承継したその会社が解散や倒産した事等々です。
とりわけ注意すべきは②で80%の雇用を維持しなければならず、5人の場合2人辞めた時点でアウトです。また、何かの事情で会社が資産保有型や運用型の会社になっても適用除外。
5. 税理士が何処まで責任をもてるのか?
もし相続税の申告にあたり、税理士が気軽にこの制度を勧め、お客様が実行していたらどうなるのでしょう。その後の会社を取り巻く状況の変化に社長が交替する、従業員数をやむなくリストラで減少させる等々認定取り消しの要因が現実化した時を考えて下さい。こんな細かな条件をお客様である事業承継者が知るはずもなく、“先生が教えてくれなかったからだ!”となるのは必至です。
納税猶予が認められなくなれば、その時点で猶予されていた相続税額を一時に支払い、併せてそれまでの利子税相当分も納める事を意味します。税理士として、安易にはお勧めできません。