個人所有の賃貸建物を所有型法人に移した場合、最も注意すべきは法人に借地権が生じることです。本来、法人はこの借地権の対価を個人に支払うべきなのですが、実務ではほとんどそのような事は行われていません。お金も税金もかかるためです。それを回避する秘策が『土地の無償返還に関する届出書』で、提出するのが普通の税理士。ならば、もし提出しないと本当に損をする?いや、効果絶大の相続税対策を狙えるかも?知れないのです。
1.教科書の教え
先ずは、教科書的な説明から始めましょう。いわゆる所有型法人に、個人の賃貸建物を売却等で移した場合の取り扱いです。法人から見ると、知らない仲ではない個人の地主の土地上に自分の建物が建つことに。
この場合、建物所有者が第三者なら、地主としては高額な権利金の要求をする事でしょう。従来は、ひとたび土地を貸したら、定期借地権でもない限り、生きている内にその土地が戻ってくるかどうかが定かではなかったからです。
ただ、これが同族関係者間になると話は違って、権利金など要求しないのが通常です。法人に権利金相当の高額な資金はないでしょう。また、地主である個人も権利金を貰えば課税の対象になってしまいます。それ故、何の授受もしないことが双方の理にかなう訳です。
しかし、税務はそれを認めません。本来支払うべき権利金を法人が支払わないと、その分法人が得をしたと考えます。そして、得をした額に相当する権利金の認定課税と言う課税を行うのです。
2.税理士としての対応策
そこで通常の場合、税理士はその課税を避けるため『土地の無償返還に関する届出書』と言う書面を税務署に提出することをお勧めします。この書面は、将来は地主に法人の借地権を無償で返還する旨の約束をするものです。これにより、法人は借地権の存在は有るものの、将来の無償での返還義務が課されることの見返りに、上記の認定課税を避けることができるのです。
税理士としてはこの対応は当然のことで、勿論当事務所でもこの方法をお勧めしています。書面の提出だけで、相当額の権利金の認定課税を避けることができる訳ですから。
問題は、もしこの書類を提出しない場合、いきなり有無を言わさず税務署は認定課税をしてくるのでしょうか。少なくとも、筆者の拙い経験上はそんな事はないものと思われます。なぜなら、この書面の提出期限についての規定が実に曖昧なのです。”遅滞なく”となっているだけで、明確な定めがないのです。
従って、税務調査の段階で、もし認定課税の対象になるぞと言われたら、すかさずこの届出書を提出すれば、それで済んでしまうと言う代物なのです。
3.借地権の考え方
先程、『土地の無償返還に関する届出書』は、法人に借地権の存在は有るものの、将来は地主に無償で返還する旨を約するものであると述べました。
法人から見て他人の土地に建物があると言う事は、土地が使用貸借と言うタダ同然で借りているのではなく、地代を払う賃貸借である限り、借地権があるからこそ成り立っている話なのです。
さて、この届出書を提出することもなく、また権利金の支払いもないまま20年も30年も時間が経過してしまったら、借地権の存在や認定課税はどうなるのでしょうか。
本来、借地権の設定時、つまり建物を建てた時点、又は購入した時点で権利金の支払いがない場合に認定課税はなされるべきものです。従って、税務署は法人税を課税したくても、時効である7年が経過してしまえば、課税のチャンスを失ってしまいます。
また、税務調査もなく、長い年月が経過してしまえば、法人の借地権は確たるものとして存在することにもなるでしょう。
4.曖昧な規定につけ込むと…
税理士としては決して、決してお勧めできませんが、上記の状況を踏まえ敢えて『土地の無償返還に関する届出書』を提出しない方法を選択したとしましょう。法人が建物取得後、数年の内に税務調査があり、認定課税の指摘を受けた場合には、前述のとおりすかさず提出すればお咎めはなし。
ただ、認定課税の時効成立と借地権取得とは一致するものではありません。7年ではなく、相当期間経過すれば、仮に税務調査があっても認定課税の恐れはなく、借地権自体は完全に法人のもの。個人の財産は評価の低い底地となり大幅な節税が可能に。こんな事がまかり通るなら、税理士としての指導は何の意味もなさなくなってしまいます。
とりわけ所有型法人の調査は製造業や建築業、小売業、サービス業等に較べれば、税務調査での増差が出にくいため、割合的にも少ないのが実情です。すべては”遅滞なく”などと言う曖昧な規定のなせる業。早急な改正が望まれます。