イギリスの経済学者ジョン・メナード・ケインズが、有名な「雇用・利子及び貨幣の一般理論」を発表したのは、1935年(昭和10年)。ウォール街の株価暴落に端を発した大恐慌から5年余が過ぎた頃のことだ。ケインズ理論の説くところを簡単に言えば、「公共事業への財政出動により有効需要が創出され、雇用が確保され景気が上向き、経済が成長方向に循環するようになる」というもの。このケインズ理論が、アメリカのニューディール政策によって実証され、第二次世界大戦後、各国の財政運営において採用されるようになったのは、よく知られている。
ケインズが言うには、この「有効需要創出のための財政出動」、平たい言葉で言えば「景気対策」の手段は何でもよい。公共工事であっても、戦争であっても、減税であっても、或いは「砂漠での金鉱発掘」のような無駄使いでも何でもよい。この理論に拠って、先進資本主義各国は、景気対策と国内の雇用確保のために、国債を発行しては、多かれ少なかれ「無駄遣い」にふけってきた。
但し、この理論の盲点は、「経済が成長方向に循環する」ことが国家の税収に結びつくとは限らないという点にある。ケインズの説くのは、あくまでも経済全体の話であって、個別政府の収支の話ではない。経済成長のある段階までは、たとえば道や橋など社会インフラの整備は、市場の活動を活性化させ、経済規模拡大の成果は法人税、所得税、消費税などの増収となって政府にも還元された。だから政府が借金を負ってインフラ投資を行えば、やがて税収によってその借金をとり返すことができたのである。
だが、経済成長がある段階を超えると、「無駄遣い」による景気浮揚が、税収に結びつかなくなる。この稿の筆者は経済学者ではないが、直観的には「ある段階」とは、およそ国家の人口が減少に転ずる段階なのではないかと思う。人口減少により社会が老化を始めると、消費は減少し、景気は自然に下降傾向となる。老化は、労働人口の減少と消費人口の増加をもたらす。社会保険料や税の負担者と社会保障の受益者の比率が逆転する。また、社会インフラをいくら整備したところで、経済活動の活性化には結びつかなくなる。(誰も通らない田舎に高速道路を作っても、一時の雇用が発生するだけで、道が出来てしまえば維持コストばかりが嵩む)政府がいくら浮揚策をとっても、トレンドが下降傾向なのだから、政府の努力は報われることが少ない。つまりは、景気対策のためにいくら財政出動をしても、政府の借金ばかりが増えて、借金を返す見通しが立たない仕儀となる。
今の日本はまさにそういう状態にある。では、どうすればよいのか。
困難だが、いくつかの解決策はある。ひとつは、制がん剤や代替エネルギーのように他国が買いたくなるような技術の研究開発に投資することである。一山当てれば回収できる。
もう一つは、アメリカのように「移民受入国」となる。海外から、日本の居心地の良さを求めてくる移民によって、成長と税収を支える道である。但し、元からの居住者にとって移民との共存は必ずしも居心地がよいとは限らないのが、この案の欠点であるのだが。