昨年11月号に書いた景気の話の続きである。
世論調査の項目に「あなたが重要と思う政策課題」というのがある。最近調査をすると、だいたい「景気」は「増税・減税」「年金」「福祉」より上位に来る。税金、年金、福祉サービスなどは憲法、外交や国防と違って自分の財布に直接響く。もっとも身近な問題である。だが、それより「景気」の方が大切な課題であるらしい。それはなぜか。
景気が悪くなると、国民の雇用そのものが脅かされるからである。勤務先が倒産して、失業する。倒産しなくても、企業のrestructure(日本では「リストラ」とか言っているが、訳せば再編成とか再構成という意味である)が行われて自分が解雇される。もちろん社会で生業を営む全員が職を失うわけではないが、何割かの確率で職を失うということになれば、国民の不安は、増税や年金減の比ではない。要するに景気が悪化すると「食えなくなる」ことの恐怖が目の前にやってくるのだ。
そこで、国民世論に押されて、政府は景気対策を行う。政府が国債を発行し、なんらかの公共事業を行い「金が回るように仕向ける」。すると、実際に雇用はなんとか確保され、失業者はとりあえず減少する。だが、前回書いたように、雇用は確保されても、最近では景気対策に費やしたほどには税収が返ってはこないので、結局政府の借金(国債残高)は増え続ける。
昔から、景気は循環するものだと言われてきた。景気のよいときは税収も増えるので、景気の悪いときにちょっと「景気づけ」に公共事業をやっても、その分は後の税収増で取り返せるはずだったのだ。だが、それは高度経済成長、右肩上がりの時代のお話。
今日では、景気循環という要因を差し引いて、客観的に経済の先行きを見ても、明るい材料はない。その理由の一つは人口の減少。もう一つは社会の成熟。
人口減少について言えば、食品、飲料、衣料などの産業では「食べる口」「着る身体」が減るのだから、売上数量は落ちる。しかも最近では市場競争が自由化されて、単価も安くなりつつある。社会の成熟について言えば、自動車、家電、建築などの産業では、製品の品質が向上して、ライフサイクルが伸びる傾向にある。もちろん、一部の情報家電のように、新しいアプリケーションが次々生まれて、製品が壊れないうちに「陳腐化」するような例外もあるが、概ね捨てるにはもったいないような製品が増えている。
少ない人口で、高品質の製品を長期間使って生きる、それは素晴らしいライフスタイルである。地球環境にもやさしい。他国を侵略するような攻撃性もない。だが、それでは「金が回らない」「職場が減ってしまう」という問題をどうするのか、だけが残る。
理想論を言えば、全国民が労働時間を短縮し、職場とポストの数を確保しながら、低収入に甘んじて生きるという解もあるかもしれない。だが、そのためには、おそらく市場競争による優者の選択という資本主義の根本原理に、メスを入れなければならない。資本主義のパラダイムを超えるためには、産業革命並みの技術の革新が必要なのだが。