今年は、昨年の混乱に懲りて、就職活動の時期が少し早くなったらしい
本稿が世に出る頃には、リクルートスーツの若者たちも、内定、内々定に一喜一憂していることであろう。さて、就職面接に臨むときの求職者側の基本姿勢に関するお話しである。
この稿を書いている現在、筆者はひとりの中途入社希望者(青年だが妻子も既にある立派な大人である)を採用するかどうか、というプロセスにある。その人は、けっこう高学歴だったのだが、新卒の時にいわゆる大会社をしくじって、行き場がないというので、ある方に頼まれ、私が地方の有望なベンチャー企業に紹介した。数年その会社で働いて、けっこう優遇されもしたようだが、妻子を持ってしばらくして「その会社の経営方針があまりにもリスキーなので転職したい」と言って親族の関係するやはり地方のソフト会社に転職した。その際私に挨拶があったのは、辞表を出した後の話。今回は、「田舎のソフト会社では自分の将来が見えない」ので筆者の本業に就職したいという。以前と同じ依頼者を介しての話で、本人が応募書類に押印して持ってきたという訳ではない。完全な縁故採用のケースである。面接をしてみると、まあまあ仕事の方には適性がありそうなのだが、当方がカチンと来たのは、お礼のメールに「この度は、大変興味深いお誘いをいただき、ありがとうございました」と書いてあったこと。これでは、まるでこちらが有望な社員を採用するために、この青年をスカウトに行ったかのような文面ではないか。本人に悪気はないのかもしれないが、挨拶やお礼は、したから良いというものではない。挨拶の仕方や、お礼の言い方は、一つ間違えると、かえって事態をこじらせることになる。
この青年が、数年前、高学歴なのに大企業の面接に次々と落ちてしまったのは、どこかで自分の立場と相手の立場の関係をはき違えるところがあって、そのポイントを企業の人事担当者に鋭敏にかぎ分けられてしまったからではないだろうか。
上記は個別の事例だが、このことは就職面接時の求職者の姿勢に一般化できる。
志望理由を尋ねられて、「御社は○○の業績を上げられており、その前途は洋々たるものです」なんて答える者がいるが、このくらい相手を馬鹿にした話はない。御社の前途が洋々だから、私もそのおこぼれに与りたいと言うのだろうか。
志望理由の言い方はすべからく「御社は○○の業績を上げられており、私は××の力があるので○○のこの部分に貢献できると思います」であるべきだし、そんな力がないのなら、「私は○○に強い興味があるので、ぜひ○○のこの部分に貢献したいと思います」と言うべきだ。要するところ、この就職が実現することによって、企業もハッピー、私もハッピーというWin Winの関係がどうして成立するのかを論証する場が、就職面接なのだ。
初めの話に戻って、お礼メールの文面はどういう表現が適切だろうか。模範答案は「この度は私のわがままな就職志望にもかかわらず、面接をいただきありがとうございました。お話しいただきました仕事の内容には強く惹かれました。理由は・・」と、いうところか。
さて、筆者はこの青年を採用したものだろうか。