無線通信というものと、コンピュータ(古い言い方をすれば電子計算機)というものには深い因縁がある。今月は、それについて述べたい。
無線通信は、イタリア人グリエルモ・マルコーニが19世紀の終わり頃に発明したとされる(異説もある)。マルコーニが無線通信の事業化に乗り出してすぐの頃に、タイタニック号の沈没事件(1912年)が起きた。無線通信は、この時初めて実用として活躍した。それから、50年くらいの間、無線通信は電信といって、トン・ツーの組み合わせで綴るモールス符号によって行われてきた。真珠湾奇襲の「トラ・トラ・トラ」(我奇襲に成功せり)の信号もモールス符号である。無線電話は、第二次大戦中に一部で使われてはいたが、一般社会に普及するのは第二次大戦後である。
無線通信というものは一定の周波数帯の受信機を持っていれば誰もが受信できるので、傍受と言うことが基本的に可能である。そこで、人々は暗号を用いて通信の秘密を守ろうとした。異地点間のA(攻撃隊の隊長)とB(航空母艦座乗の司令長官)の間で「トラ・トラ・トラ」という信号は「我奇襲に成功せり」の意味であると予め了解しておいて、発信すると、AとBの間では意味のある会話が成立するが、他人が傍受しても何の意味だかわからない。これが暗号の原理である。
暗号の歴史は人類の歴史と同じくらい長い。が、暗号は第二次世界大戦の頃には、かなり高度な数理(アルゴリズム)を用いた複雑なものとなっており、暗号鍵を知らないで解読するのは、かなり困難になった。そこで敵方の暗号を解読するのに二つの技術が生み出された。一つは、窃盗や色仕掛けで暗号鍵が記載されている乱数表や、暗号文を作成するタイプライターに似た機械を盗み出すスパイ術であり、もう一つは力業で、大量の計算をして数理で暗号を解読する技術である。後者の力業はとても人間の手に負えないので、機械に頼ることになる。この暗号解読を力業でやってくれる機械として発明されたのが、電子計算機なのである。電子計算機は、英米で発達し、第二次大戦における連合国側の暗号解読技術は、優れたスパイ術と相まって、枢軸国側を遙かに凌いだ。ミッドウェー海戦にしろ、山本五十六司令長官の機上戦死にしろ、日本がアメリカに負けてしまったかなりの要因は、無線で米軍が傍受した日本海軍の暗号通信文を、米国側に解読されてしまったことにあると言っても過言でない。日本側も、米軍の暗号を解読するためにそれなりにがんばったが、残念ながら人力は電子計算機の能力の及ぶところではなかった。
その後、無線通信とコンピュータは、別れ別れに発達をすることになった。無線技術は、電信から電話(音声)へ、そしてテレビ(画像)放送へと発達した。一方、コンピュータ同士をつないで有線で通信する技術(コンピュータ通信)は後にインターネットへと発達した。そして今、無線とコンピュータの技術は再び出会おうとしている。そう、今貴方が使っているスマホが、その出会いの証である。そしてこの再会の仲立ち役は、暗号技術である。暗号こそが、貴方のスマホの通信秘密を守る、大事な仲人なのだ。