自宅の敷地についての「小規模宅地等の減額特例」。適用できれば80%の減額です。240平方メートル部分までという面積制限はありますが、例えば1億円評価の土地が2,000万円になります。適用できるか否かで相続税額に大きな差が生じることが多いのです。
ところで、老人ホーム入所後に死亡した場合、自宅の敷地についてこの減額特例を適用できるのでしょうか。
1.自宅の敷地への減額特例の適用
居住用宅地についての小規模宅地等の減額特例は、『居住の用に供されていた宅地等』について適用されます。具体的には、「生活の拠点」といえる建物の敷地がその対象です。老人ホームに入所していたとしても「生活の拠点」が自宅にあると言えるのであれば、自宅敷地についてこの減額特例が適用できることになります。
いずれの建物に「生活の拠点」があるかは、日常生活の状況、建物への入居目的、建物の構造及び設備の状況などの事実を総合勘案して判定することとされています。
2.事例の設定(自宅が”空家”となる場合)
今回は、次の条件設定での検討とします。
・ ・ ・ | 被相続人は、介護を受けるため介護用老人ホーム(終身利用権取得)に入所し、退所することなく死亡。 被相続人の配偶者は既に死亡しており、老人ホーム入所後、自宅は空家のまま。 自宅とその敷地は、別居の子(3年超の期間、賃貸住宅に居住)が相続し、相続税の申告期限まで保有。 |
3.4つの判定要素
判定要素は次の4項目です。「生活の拠点」が自宅にあるとして、その敷地について減額特例の適用を受けるには、原則、4項目の全てをクリアする必要があります。
ア | 被相続人の身体又は精神上の理由により介護を受ける必要があるため、老人ホームへ入所したこと。 |
イ | 被相続人がいつでも生活できるよう自宅の維持管理が行われていたこと。 |
ウ | 入所後あらたに自宅を他の者の居住の用その他の用に供していた事実がないこと。 |
エ | 被相続人又はその親族が、老人ホームの所有権あるいは終身利用権を取得していないこと。 |
4.判定要素はどのような意味があるか
(1)介護の必要性(判定要素ア)
介護を受ける目的で老人ホームに入所されるケースのほか、介護の必要がなくても、将来のことを考え入所されるケースもあると思います。後者(介護の必要なし)の場合、老人ホーム入所時に「生活の拠点」が自宅から老人ホームに移転したことになり、自宅の敷地は、『被相続人の居住の用に供されていた宅地等』に該当しないことになります。このことは、亡くなる直前に要介護状態になったとしても結論が変わるものではありません。あくまでも入所時の状況で判定します。
(2)自宅の維持管理状況(判定要素イ及びウ)
「自宅」=「生活の拠点」といえるためには、いつでも住める状態(起居可能)であること、すなわち、親族等によって維持管理がなされていることが必要です。自宅に戻る見込みはないと考え、寝具などの生活用品を処分したり、自宅を賃貸に供したりしたような場合には、その時点で「生活の拠点」といえないことになります。
(3)終身利用権等を取得していないこと(判定要素エ)
まず、入院のケースを考えてみましょう。病気のため入院し、退院することなく死亡した場合です。入院は治療のためで、病気が治癒すれば自宅に戻ることは明らかです。そうすると、入院はあくまで「一時的」なもので、病院に「生活の拠点」を移したことになりません。なお、ここで言う「一時的」なものかどうかは、入院期間の長短という時間的なものではなく、入院の必要がなくなれば自宅に戻る状況と言えるかどうかで判定されます。
介護の必要があり介護用老人ホームに入所した場合も同様です。介護の必要がなくなれば、自宅に戻ると言えるのであれば、その入所は「一時的」なものとなります。この点、老人ホームの終身利用権等の取得という事実は、「一時的」なものかどうかの判定において、大きなマイナス要因とならざるを得ないのです。一般には「生活の拠点」が老人ホームに移ったと判断されてしまうのです。
高齢者が要介護となった場合、その後、介護の必要がなくなるケースは少ないのかもしれませんが、特別養護老人ホーム(特養)や賃貸形式等の介護用老人ホームであれば、入院の場合と同様に、その入所が「一時的」なものと判断されるケースも多いようです。
5.本事例の場合は・・
配偶者や同居親族がいない状況で、賃貸住宅に3年超の期間居住する子が被相続人の自宅敷地を相続し、申告期限まで保有していますから、取得者要件や保有継続要件は充足しています。問題となるのは老人ホームへの入所が「一時的」なものといえるかどうかです。「生活の拠点」の判断は、本来、住居の所有形態(自己所有・賃貸)で結論が左右されることはありません。しかし老人ホームでは、終身利用権が取得されていると、介護のための「一時的」なものというよりも新たな「自宅の取得」という印象が強くなります。個々の事実関係を検討する必要がありますが、一般には、自宅の敷地への減額特例の適用は困難と考えられます。